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はたして列伝「ビール瓶」は本当だったのか?―「超」怖い話・夏組の怪談エッセイ〈3匹がごにょごにょ〉9

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先週、十年前の青い事件が明かされた五代目編著者。
はたして、その真相は如何に!?

今夜は本人登場。松村進吉、かく語りき――。

   * * *

 ちょっと待ってもらいたい。
 賢明なる読者諸賢にあっては、一旦落ち着いて、私の話も聞いていただきたいのである。
 前回の、原田の昔話についてだ。
 なんちゅうものをブッ込んでくるんだこの男は。
 厭な汗が出てきた――これはマズい。
 このままでは私が、シンプルにやべえ奴だと思われてしまう。
 弁明しなくては。

 え~と、あの晩は確か……。

 ※

「――わからない。全然わからない、松村君が何を言いたいのか。さっきから何の話をしてるんですか?」
「何って……。ですから我々書き手側の、心構えの話をしてるんですよ。その人がどんな気持ちで書いてるのかは、当然読者もわかるじゃないですか」
「だからそれは書き方によるでしょう?」
「当然書き方にもよるでしょうけど、その書き手の精神というか、なんかこう、例えば不幸になってしまった人のことをどう見てるのか、どういうつもりでその不幸を怪談にしたのか、そういうスタンスみたいなのが、望むと望まざるとにかかわらず行間に滲んでくるんじゃないかってことを、僕は言ってるんです」
「……う~ん。じゃあ、そういうものがあったとして、松村君は自分のそれが合致する相手とだけ、一緒に仕事をしたいと」
「だけ、とは言いませんけど……。どうせならそうしたいですよ、やっぱり」

 酒の席での議論というのは往々にして、話の軸もあっちへフラフラこっちへフラフラと、千鳥足になる。私の記憶ではこの夜も、大方三十分以上、焦点の定まらぬ問答を繰り返していたような気がする。
 新編著者としての、私の心構え。そして出来ればいつかは、この、隣に座っている深澤・原田と一緒に三人で、新しい『「超」怖い話』を作ってゆきたいという希望を、私は四代目に伝えた。
が、それに対する返答は芳しいものではなく、私が熱弁をふるえばふるうほど四代目の対応は冷ややかなものとなっていった。

 共著者との間には、必ず共通の価値観が必要な筈だと、僕は思う。
 ――共通の価値観とは何か。具体的には。
 具体的には、怪談に対する姿勢であったり。言外に語られるテーマであったり。
 ――それらはちっとも具体的ではない。そんな曖昧な物で編集部は説得できない。
 元々文章というのは曖昧なものではないか。感覚をこそ大切にするべきでは。
 ――その感覚は誰が、何に基づいて判断するのか。
 編著者が。自身の信ずるところにおいて。
 ――その信ずるところが、もし間違っていた場合の責任は?

 社会人として至極真っ当な助言をくれる四代目に対し、私は段々と苛立ち始める。
 当時の私は怪談を書くということが、まるで自分自身の重大な秘密を暴露する記者会見と同じような、深刻で、失敗の許されない舞台であるかのように感じていた。
 勝負の場に立つからには、せめて心が通じる仲間と行きたい。
 この僕の希望は、そんなに身勝手なものだろうか……?

「はぁ……。松村君、あのね。これは仕事なんです。必ずしも書きたい人と一緒に書けるとは限らないんですよ」
「それはわかってます」
「この人とこの人とこの人と一緒に書いてください、って言われたら、そのメンバーで精一杯良いものを書くのが仕事なんです」
「わかってます。でも、こちらの希望を言うことぐらいはできるんじゃないですか」
「大先生になればできますよ。それだけの数字が取れる人になれば」
「じゃあ、自分がそう言えるようになったらそうさせてもらいますよ」
「そうしてください。商業出版で編著者をするなら、そこには責任が伴うんです。著者だけじゃなくて、沢山の人の意思決定を経てようやく出版にGOが出るんです」
「だからそれもわかってますって」
「仲の良いお友達と一緒に書ければそりゃ楽しいかも知れませんけど、これは同人誌じゃないんだから。数字の裏付けもないのに、自分の感覚だけで会社を動かすことなんてできる訳がないでしょう? 君の夢をくじくつもりはないけど、この商売、いつもいつも100%納得のいく環境で書けることの方が稀なんです」
「もうやめてください。それ以上言われると、この瓶で先生を殴りたくなる」

 ――私は目の前の茶色い瓶を少し押し、自分から遠ざけた。
 向かいの席の四代目の顔色が変わったのが分かったが、もう遅い。
 深澤と原田も随分前から喋らなくなっている。
 最早どうしようもないほど、座は冷え切ってしまっていた。
 私はこめかみに悪酔いが広がるのを感じて、うつむき、顔を拭いた。
 漏らした溜息は涙声のように震えていた。

  ※

 あれっ。

 これ、全然弁解になってませんね……?
 だいたい原田の言ったとおりだったようです。すみません……。

 いやホントに申し訳ありませんでした。
 青臭いし恥ずかしい。とにかくもう、全方面に対して土下座するしかございません。
 四代目にはこの後、酔いが醒めてから冷や汗をかきかきお詫び申し上げて、ご寛恕頂いた次第。ううっ……。
 色々とあったんですね私たちもね、昔は。忘れていましたね。
 このような酒の席での失敗は、やはり、忘れるべきではありません。
 思いださせてくれてありがとう。

 では、また……。

★次回、9/3(木)は深澤夜さんです。どうぞお楽しみに!

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著者紹介

村進吉(まつむら・しんきち)

1975年、徳島県生まれ。2006年「超-1/2006」に優勝し、デビュー。2009年からは五代目編著者として本シリーズを牽引する。2017年『「超」怖い話 丁』(竹書房)より共著に深澤夜と原田空を迎え、新体制をスタート。近著に『怪談稼業 侵蝕』(KADOKAWA)、主な既著に『「超」怖い話 ベストセレクション 奈落』(竹書房)など。

深澤夜ふかさわ・よる)

1979年、栃木県生まれ。2006年にデビュー。2014年から冬の「超」怖い話〈干支シリーズ〉に参加、2017年『「超」怖い話 丁』より〈十干シリーズ〉の共著も務める。単著に『「超」怖い話 鬼胎』(竹書房)、松村との共著に『恐怖箱 しおづけ手帖』(竹書房)がある。

原田空(はらだ・そら)

1978年、埼玉県生まれ。2006年にデビュー。2017年『「超」怖い話 丁』より〈十干〉シリーズの共著者として参戦。共著既著に『恐怖箱 蟻地獄』(竹書房)、深澤との共著に『恐怖箱 蛇苺』(竹書房)がある。





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