【日々怪談】2021年4月6日の怖い話~ ババア
【今日は何の日?】4月6日:城の日
ババア
最初に場所を言ってしまおう。宮崎県は城山公園の話。
季節は秋。
須永たちは城山公園を探索していた。といっても肝試しが目的だったわけではない。
「おーい、どうよ?」
須永は先頭の友人に声をかけた。
「まだ行けそうだけど、わからーん」
この秋の宵に、なぜ公園の茂みの中をうろうろしているのか……とは言っても、別に大層な理由はない。単に公園の上から下に抜けるための抜け道を知りたかったという、ただそれだけだった。
人数は全部で五人。
一列縦隊になって歩く姿は、まるで何かの探検隊のように見える。このとき、須永は後ろから二番目を歩いていた。
雑木林の下に下生えがびっしりと生えている。
暗く、足下はほとんど見えない。先頭を歩いている杉山が懐中電灯を持っているはずだが、光は虫の鳴き声も喧しい森の闇に吸い込まれ、ほとんど用をなしていない。
がさがさ。ぱきん。がさがさ。
虫の声以外は、草を揺らし枯れ枝を踏んで歩く足音だけが続く。
不意に、右手の藪の中から叫び声が上がる。
「待てぇやぁ!」
声の主は老婆だった。
須永たちは、その場で踵を返すと来た道をダッシュで逃げた。
我先にと暗闇を駆ける。
おっかなびっくりの下りに比べて、一目散の上りのなんと短いことか。
茂みを抜けて暗い照明のある遊歩道に出るのはあっという間だ。
「おい。杉山は」
四人しかいない。
先頭、つまりは最後尾にいたはずの杉山の姿がない。
遅れること数分、そろそろ不安になり始めた頃に、杉山は転がるように走ってきた。
山道で転んだのか身体は泥だらけ、藪に引っかけた袖は破れている。同じ藪を漕いできた須永たちより、遙かにひどい。
駐車場までたどり着いたところで、ようやく言葉が口を衝いた。
「……び、びっくりしたぁ」
須永たちは、互いに頷き合った。
「声、したよな? ババアの声!」
「うん。聞こえた聞こえた。『おまぁえらあぁぁぁぁ!』って」
「え。違うだろ。声はしたけど『何してるんじゃああああ?』だったろ?」
「違うって。『あああああおおおおお!』だよ。叫び声だったな。そうだろ? 須永」
須永は青い顔をして言った。
「俺には『待てぇやぁ!』って聞こえたけど……」
どうやら、全員が同時に〈違う声〉を聞いたということらしい。
俺が正しい、いいや俺だと友人たちが言い合うのを杉山はじっと黙って聞いている。
そして、ようやく口を開いた。
「……俺、それどこじゃなかった」
先頭を歩いていた杉山の耳にも、老婆の絶叫は聞こえていた。
だが、何と言っていたかまでは聞き取れない。
驚いて逃げようとしたら、足がもつれてその場に倒れ込んだ。
仲間は杉山を置いてどんどん逃げていってしまう。
逃げなくちゃ、逃げなくちゃと気ばかり焦るのだが、追いかけるどころか立ち上がることすらもできない。
「なんでや?」
土に手をついて振り返った。
見ると、茂みの中に古い着物を着た老婆がしゃがんでいる。
老婆は枯れ木のような手で、杉山の足をギッとつかんでいた。
「俺……婆さん、嫌いになりそう」
――「 ババア」加藤一『禍禍―プチ怪談の詰め合わせ』より