彼女のこと――「追悼奇譚 禊萩」特別寄稿①

Pocket

5年前に逝去した一人の女性が遺した実話怪談を1冊に纏めた文庫「追悼奇譚 禊萩」。
心霊体験の当事者であり、怪異蒐集者でもある彼女は、生前自身のもつ怪談を複数の書き手に委ね、託してきました。
一人の人間がこれだけ多くの怪談を提供することは稀であり、彼女はまさしく実話怪談界〈伝説のネタ元〉でありました。
彼女を偲び、4回連続でお送りするコラム。
初日は、編著者の加藤一さんです。それではどうぞ――

追悼怪談 禊萩に寄せて―――加藤一

 実話怪談は、取材なくして書くことができません。
 いきなり今更な話からで恐縮なんですが、著者の想像力によって全てが作り出される小説と実話怪談の最も大きな違いは、「怪談の元となる体験談の有無」だろうかと思います。
 著者自身が何らかの体験をした当事者――というケースはもちろんありますが、それは取材すべき体験者と著者がたまたま同一人物だったというだけの話で、取材が行われていない訳でも体験者が存在しない訳でもありません。
 そう、つまり。
 実話怪談は、体験者なくして書くことができません。
 実話怪談を書く著者の最初の一歩は、体験者を見つけること。出会うこと。彼ら彼女らのガードを下げていって、体験談を聞き出すこと。その意味で、書くことそのものより、体験者を探し、見つけ、体験談を聞かせていただく時間のほうが重要かもしれません。実話怪談という仕事の半分以上は「ネタ元さんに話を聞くこと」と言い換えても言い過ぎではない気がします。
 実話怪談の元となる体験談というのは、大抵は「およそ他人に信用してもらえなさそうな突飛なものや、信じ難いもの、正気を疑われるものや、社会人として生きていくことに支障が生じるようなもの」だったりもします。
 故に、体験者さんというは案外口が重い。怪談好き、怪談を「書く側」の心情としては、怪異体験などしようものなら、「しめた!」「やった!」「ラッキー!」くらいの勢いでしょうが、体験者さんの多くは「自分の正気を自分が疑うようなことを、他人に悟られてはならない」とばかりに、自身の体験を明かさなかったりします。その気持ちも分かります。
 それ故に実話怪談著者にとって、体験者さん、ネタ元さんというのは鉱山の地主みたいなもんで、まあ貴重な訳ですね。
 実話怪談は書いたら書いたで、皆がそれを諸手を挙げて信用してくれる訳ではありません。疑惑の眼差しを向けられたり、酷いのになるとペテン師呼ばわりされたりすることもままあります。
「あの話は作り話だろう?」
 と面罵されることも珍しくはありません。
 故に、実話怪談著者は体験者さんをそうした心ない誹謗から守らねばなりません。体験者の本名を伏せ、身分や職場や立場を伏せ、時に詳細をぼやかし、批判誹謗の一切が体験者さんに向かないよう、身代わりとして批判を受け止めるのも著者の仕事のうち。そうまでしてでも、体験者さんは守らねばなりません。
 このように、実話怪談作家にとって体験者さんというのは非常に重要で大切な存在であるのです。

 30年近く実話怪談の世界に身を置いてきましたが、大抵の体験者さんというのは一話か二話、多くても一桁以内の体験を持ち合わせるに留まるのが普通です。当人の体験、或いは「そういう話を何故か聞かされてしまう性質」の人でも、十話を超える体験談を抱えている人というのは、実は皆が思うほどには多くありません。
 が、稀に「自身も体験し続け、他者からの体験談も吸い寄せてしまう」という人がいます。大抵、そういう人は著者を目指し、自身の体験談や持ちネタをあらかた吐き出すと満足して筆を置いたりするものなんですが、【彼女】は違いました。

【彼女】と知り合ったのは、2010年頃です。震災の前頃、電子書籍黎明期に、竹の子書房という電子書籍の研究会を催していた頃だったかと思います。
 新型コロナ禍を経て、リモート環境で共同作業をするという仕事の進め方が一般に知られるようになりましたが、かの研究会では今から十年ほど前頃にはSkypeを介してリモートで共同作業するというようなことをしていました。チャットをしながらデータをやりとりして――というリモートワークのスタイルを、当時既に行っていました。
 その参加者の輪の中に【彼女】はいました。
「そういえばね」
「この間こんなことがあって」
「今、進行中なんですよ」
 雑談の合間合間にさりげなく体験談を混ぜていくんです。
 竹の子書房には恐怖箱の著者陣が幾人も参加していましたが、そうした怪談作家達の前にダイヤの原石みたいな体験談を次から次へと放り投げていく。【彼女】はそういう人でした。
「それ書いてもいいですか?」
「どうぞどうぞ」
 こんなやりとりを、ごく日常的に見かけていました。
【彼女】が快く提供してくれた体験談は、都度都度に実話怪談として発表されました。
 僕らは【彼女】のもたらす体験談を夢中になって書き起こしたもんです。
 これは凄い、この話は凄い、これは絶対に残しておかなきゃいけない。
 そう急き立てられるように書き起こされ、紙面に記録されました。

 2015年10月。【彼女】が亡くなった、という報せが舞い込んできました。
 Twitterに残された【彼女】の最後のツイートは、

「とにかく喉が乾いてしかたないです」(※原文ママ)

 というもの。前日から体調不良を零していました。その最期について詳しいことは分かりませんが、病死であったようです。
 独り暮らしだと聞いていましたが、どのくらい過ぎて誰にどのように発見されたのか、それすらもよく分かりません。
 それどころか、僕らはこの偉大なネタ元さん、愛すべき大恩人の本名すら知らないんです。大体の居住地域は知っていても、住所だって分かりません。独り暮らしであったなら、もうその部屋も引き払ってしまっているでしょう。
 連絡を取る手段はなく、葬儀に赴くこともできず、彼女の墓がどこにあるかすら僕らは知りません。
 悼む方法が思いつかなかった我々は、だから【彼女】の残した体験談を書き起こしました。彼女が世を去った後の新刊でも、少しずつ書き起こし続けました。それが供養だと信じて書き重ねてきました。

 昨年、これまでに書かれた【彼女】の体験談に基づく実話怪談を、全て浚い直してみたところ、文庫一冊に届きそうなくらいありました。
 あと幾つか、書き終わらずにきたネタもありましたので、これを足して選集或いは全集にできないかな、と。
 これまで、僕は単著共著監修その他合わせて200冊近い実話怪談に関わってきました。同じ著者で一冊、百物語で一冊、ワンテーマで一冊、そういう仕立ての本は何冊も手がけてきましたが、「同じ体験者から寄せられた話だけで一冊」というのは、僕は初めてですし、過去にも類例がないのではと思います。

『追悼怪談 禊萩』は、【彼女】を偲ぶ一冊であり、【彼女】を悼む一冊であり、僕らがずっと思い残してきた【彼女】のための弔いの一冊です。
 葬儀のようなものであり、追悼法要のようなものでもあります。
【彼女】からもたらされた体験談を磨いて磨いて磨き上げた珠玉の実話怪談を、どうか御覧頂けたらと思います。
 勝手な思いではありますが、それこそが、故人への供養になるのではと著者一同、そう信じています。

 ……ところで、『追悼怪談 禊萩』は【彼女】の怪談を全て網羅して一冊にまとめた完全版になるはず、と思って準備してきたんですが、本書の編集作業中に著者陣の一人、鈴堂雲雀さんのところから【彼女】の未着手の体験談が大量に発掘された、との報せが。
 えー。ちょっと。
 それ台割どう弄っても、もう入りきらないんですが。
 どういうことですか、んもう。んもう。

【彼女】――りょんりょんさんなら、まあそういうことがあってもおかしくない、か。

★第2回、鈴堂雲雀さんにつづく。

試し読み1話はこちらから

https://note.com/takeshobo/n/n0dd9840e4556

追悼奇譚 禊萩

加藤一/編著
神沼三平太、ねこや堂、鈴堂雲雀/共著

複数の書き手に自身の怪談を託してきた一人の女性がいる。
実話怪談の影の主役=体験者
伝説のネタ元と呼ばれた故R氏の形見怪談全35話収録!

この記事が気に入ったら
フォローをお願いいたします。
怪談の最新情報をお届けします。

この記事のシェアはこちらから


関連記事

ページトップ