彼女のこと――「追悼奇譚 禊萩」特別寄稿④

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5年前に逝去した一人の女性が遺した実話怪談を1冊に纏めた文庫「追悼奇譚 禊萩」。
心霊体験の当事者であり、怪異蒐集者でもある彼女は、生前自身のもつ怪談を複数の書き手に委ね、託してきました。
一人の人間がこれだけ多くの怪談を提供することは稀であり、彼女はまさしく実話怪談界〈伝説のネタ元〉でありました。
彼女を偲び、4回連続でお送りするコラム。
最終夜は、神沼三平太さんです。それではどうぞ。

彼女の遺した最後の怪談―――神沼三平太

 親しい人と別れるのはしんどい。
 特にそれが急な別れで、しかもそれから二度と会うことが叶わないというのは、相当しんどいことの一つだ。
 人生ってやつをやっていると、そんな経験が増えていく。先週まで元気だったはずなのに。先月までまた呑みに行こうよと笑い合っていたのに。なんでお前なんだよ。どうしてあなたなんですか。
 そういうしんどい別れの一つに、りょんりょんさんとの別れがあった。来年は絶対遊びに行くからね、彼女にそう何度言っただろう。僕にとって、彼女のすむ土地は、訪れたことのない未知の土地だった。だからいつもお世話になっていた彼女の元に、お礼がてら足を伸ばすつもりでいたのだ。彼女からも、怪談仲間だからこそ悦ぶような、あんな場所やこんな場所を案内してもらう約束を取り付けていた。あの作品になった場所はこんな場所なのだ、ほらほら、あの位置で、あの人はこんなことを言ったのですよ。
 そんな現地怪談もやると決めていた。
 全部叶わないままだ。
 土地の話に詳しくて、山や渓谷にも造詣が深く、彼女なしでは僕の作風が現在のものになったとは思えない。
 だから、怪談作家としての僕の生みの親でもある。そんな人だった。
 だからこそ、こんな場所で、こんなことを書くのは辛いのだけど、当時のSkypeのログに残っていた文章を再読して、あまりの内容に肝が冷えたので、まとめることにする。一部の個人情報などを削除し、読みやすいように編集を加えてあるが、ほとんどありのままの内容だ。

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 もう前からお約束している特別酷い話を、亀のような歩みでまとめてます。概略だけ書きますね。ただ、本当に危ない話なんでね。そのうちお送りしますけど、まだしばらく掛かります。

 この話は、昔の友人・知人たちに二十年ぶりに連絡を取って、確認作業行ってるんですけども、みんな当時から「自分の胸にだけしまっとけばいい」と思ってたことをボロボロ出してきて、本当にそれが全部酷いんですよ。
 それを聞く度にね。
「あぁ、こんだけのことやってたらそりゃ因果は巡って当たり前」
 そう震えております。

 この話は、結果的に無自覚にやったことが、「呪い」に育ってしまったというパターンでしてね。本人には「呪った」意識はないんだと思います。
 私に相談してきたのは旦那の方で、この旦那が私と学生時代の友人だったんですよ。当時の女子大生のファッションバイブルだった『J』って雑誌のモデルをやってた男前だったんですけど、流される男の典型みたいなやつでね。何人かの女性と関係を持ってしまった。
 当時から、酷いってのはわかってましたから。私から見ると、結婚前に身を綺麗にしておけって話だったんですが、それどころじゃなかったんですね。
 嫁が本当に怖い女で、色々やらかしてるんですよ。
 だから言いましたよ。
「お前が流された結果、可哀そうなお前の娘が大変なことになっとるんじゃ!! いや、お前の嫁がどんなに愚かな女か解らなかった罰じゃ!!」
 でもね、そんなこと言ったって仕方ないじゃないですか。

 学生時代の友人たちに確認取っているって話ですけど、この夫婦の披露宴に出席したのを機に、全員が友人関係をフェードアウトしてるんです。それほど以前の恋人への仕打ちが酷くてね……。関係を持った旦那の昔の恋人が、何人もね……。

 ただ、当時ならともかく、今になってそんなこと相談されても、私ではどうすることも出来ないしねぇ。
 嫁さんも旦那の方も報いを受けても仕方のないことしてるけど、娘さんがあまりに可哀そうなのでね。京都の某神社を紹介だけしました。
 彼女も完全に良くなることはないでしょうけれど、すこしでも良くなればと。
 二人が結婚したときにお腹のなかにいた娘さんなんですよね。だからよけいに影響を受けちゃってるんだろうなと思います。

 あと先生、この話なんですけど、本当に注意してください。祟り話は血液関係にくるってのを聞く事ありますのでくれぐれもご注意を。
 良いですか先生大事だからもう一度繰り返しますよ。
 神様は首から上で、祟りは血液ですよ。

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 これが最後の彼女との通信となった。
 この話の顛末は、結局聞けず仕舞いで、気にはなるけど、辿れる訳もなく。
 りょんりょんさん。僕がそのうちそっちに行ったら、どうか最後まで教えてください。
 きっと僕もあなたのいる所に行くでしょうから。

彼女のこと―「追悼奇譚 禊萩」特別寄稿・完

試し読み1話はこちらから

https://note.com/takeshobo/n/n0dd9840e4556

追悼奇譚 禊萩

加藤一/編著
神沼三平太、ねこや堂、鈴堂雲雀/共著

複数の書き手に自身の怪談を託してきた一人の女性がいる。
実話怪談の影の主役=体験者
伝説のネタ元と呼ばれた故R氏の形見怪談全35話収録!

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