ラグトさんインタビュー【後編】
——ここからは視えカノの内容についてお伺いできたらと思います。視えカノでは、ホラー映画でありがちな単に襲ってくる怪異だけでなく、家族の絆や歪んだ情などの少々重たいテーマにも力を入れられているのが特徴的ですが、こうした内容を描くに至った背景はありますか?
ラグト:生霊などの念が強くなる事態は、実はごくありふれた要因で起こることも多いんです。真央さんのモデルの方から聞いたお話ですが、彼女が最近祓うのに苦労した生霊の念というのが、父親から息子に対するお金の念だったそうです。生霊を産み出した本人はお金に困っているわけでもないんです。けれども老後用に家をバリアフリーなどのリフォームをしたかったようで、息子さんが十分に金銭的な援助をしてくれなかったので、そのことへの不満の念が強い生霊となったようでした。もともとその父親が生霊を形作る能力に長けた人だったのかもしれないのですが、その生霊は巨大なオオカミの姿をしていたそうです。
彼女はそのままでは祓えないし、祓っても本人にその悪念が帰ると心身に悪影響が出ることを考慮して、まず生霊が来ていた息子さんの家に結界を張って生霊のオオカミを閉じ込めて念の供給を断ち、十分に弱らせてから祓ったようです。
つまり日々に日常生活での近しい人間からの念というものがひどい霊障を起こすということを私自身見聞きしてきたからこそ、それが視えカノのテーマである日常ホラーというところに結びついたのかもしれません。
——そんなことが現実に…やはり霊感のある人が身近にいると現実がホラーになるんですね。あとがきでは、ラグトさん自身は視えないけど感じられるときがある、と書かれていますが、実体験などあったりしますか?
ラグト:私自身は視えることはほとんどないのですが、生霊を感じる時というのは、ひどい時だとまあ普通に頭痛や眩暈、吐き気、だるさ、眠気などの気持ち悪さを感じて、その強弱や気持ち悪さの感じが生霊によって違いがあるんです。缶コーヒーのメーカーによる味の違いぐらいの差なんですけれど、ほとんど利き酒ならぬ利き生霊のようなレベルです。
——絶妙な喩えですね…。それってほかの人から呪い的なもの?をかけられているということですか?
ラグト:いえ、生霊を飛ばす側に至っては意図的に飛ばしているわけではないのがほとんどなんです。本当に些細な嫉妬や不満がエネルギーの塊となって飛んでいくようなイメージです。
——無意識に飛んでいるんですね。自分がそうなったら実生活を送るうえでとても怖いことだと思います。
ラグト:実は私も一度だけ、よりによって真央さんのモデルの方に生霊を飛ばしたことがあって……。それもあるとき、彼女に生霊が憑いていますよと指摘されたことが原因なんです。生霊って個体差があるんですけど、弱いものなら自然に離れるんですが、強いものだと結構祓うのに精神集中とかでまとまった時間が必要なんです。それで、その時がとっても仕事に追われていたときだったので、お門違いなんですがめんどくさいことを指摘されたという悪念を彼女に飛ばしていたみたいなんですね。それで翌日に彼女からちゃんと良い念に練り直して返しておきましたよと、にっこり言われた時は平謝りしましたし、怖かったですね。
——ええ…それは大変。編集からは飛んでないですよね。悪い感情をもったわけじゃないですが、一応聞いておこうかと…。
ラグト:私自身は視えないので、すべての生霊を確認することはできないのですが、たぶん飛んできていないと思います(笑)
ただ、私に関して何らかのことを意識されていて、その時に疲れていたなどすると、もしかするかもしれません。真央さんのモデルの方によれば、生霊は飛ばされた方も変調をきたすのですが、飛ばした方も念というエネルギーを放出し続けているのでぐったりと疲れてしまうそうです。だからこそ、怒りや嫉妬という念は何だかお互いに不毛という気もするんですよね。
——視えざる世界はそんなことになっているんですか…非常に興味深いです。ほかにも視えカノで描写されているような霊的トラブルみたいなことが実生活で起こったりするんですか?
ラグト:はい、ありますね。これは『視えカノ』で登場する「雛姫」のモデルともなった霊で、「雛姫」とは違って生霊ではなく死霊なのですが、憑りつかれた時に唐突に死にたいとしか思えなくなったんです。理性では死ぬ理由なんて何もないことは解っているんですが、とにかく死なないといけないとしか感じられないんです。
その悪霊の正体に関しては身内のことなので伏せますが、瑞季さんのモデルの方に追い払ってもらったあと、今度はその悪霊が私の妹のところに行ったんです。それで妹も死にたいと苦しんでしまって、そのあとかなり本格的なご祈祷をする事態になりました。
——こわっ! 雛姫もリアルなんですね。ほかにもありますか? たとえば視えカノの執筆時に何か起きたとか?
ラグト:先ほども言ったとおり、私自身は視えることはないのですが、私の下の子供がどうも視えるようで……。
あるとき夜中に大泣きしてどうしたのかを尋ねると、こんな感じの人が部屋の中にいたと言うんです。それで瑞季さんのモデルになった方に相談したらどうも私が視えカノの中で登場させた霊が、物語を考えていた私の好奇心に引き寄せられてやってきたと言うんですね。
そのことがあってからは実話を元にお話を書くときはあまり意識しすぎないように気を付けています。
——やっぱり霊感ある人がホラー書いたらヤバいんですね。実話怪談では、ある特定の体験談を文字に起こそうとするとPCがブラックアウトしたりファイルが消えたりなど執筆を邪魔される、みたいなエピソードがあるあるなんですが、そんなこともあったり?
ラグト:そういったことはまだないんですが…そうですね、いろんな意味で執筆に苦労したのは「巫女殺しと神の障り」のエピソードです。
これも真央さんのモデルの方から頂いた、神罰に関する体験談をもとにストーリー構成したんですが、とにかくなぜだか執筆が進まなかったんです。それで再び彼女に相談すると、モデルとされた山の神様が自分の気に入るようなお話でなかったから書かせないようにしていると言われてしまいました。それで真央さんのアドバイスも受けながら改稿してなんとか仕上げることが出来たんです。
——恐怖体験、不思議体験が盛りだくさんですね!実話怪談作家の方々も羨ましがるだろうと思います。そんなたくさんの体験をされたラグトさんにとって「恐怖」とはどんなものでしょうか?
ラグト:私は恐怖というのは未知との遭遇だと思っています。もし心霊や呪い、もしくはあの世に関することがすべて解明されていたなら、誰もそこに畏れなんて抱きませんよね。
そして、怪異の世界はわかっていないことが多すぎると言っても過言ではありません。
そうした環境から周りの人からは霊なんていない、呪いなんて気のせいだ、天罰が下るなんて頭がおかしいのか、と罵られ、自分自身そうかもしれないと思うこともいまだにあります。
でも、恐怖というのは魂をざわつかせてくれる、それが面白く感じてしまうんです。
——手触りのある確証はないが、そこが面白いと。それがホラーを描く原動力なのですね。
ラグト:そう、ですから自分たちはまだまだこの未知の世界の怪談を無限に生み出すことが出来て、その未知の世界に興奮できる、その幸せに溢れた世界に高揚することこそがホラーというのだと思います。
けれど、ほとんどの人はその素晴らしい世界を視ることが出来ない、理解することができない、だからこそ怪談作者の手を通して気づかせること、わかってもらうこと、それが私たちのできることだと感じています。
――素晴らしい怪談作家哲学だと思います。ここで作品の話題に戻りまして、視えカノの見所、推し所など、読者の方にはここに注目してほしい点などありましたらお教えください。
ラグト:先ほども言いましたが、『視えカノ』は人々の日常にまつわるお話が多いです。
例えば、先祖の供養の効果については何も視えないことがほとんどです。
人を呪っても、その影響が科学的に視えることはありません。
周りを貶めるような行為をして、私益をむさぼるような行いに天罰が下るなんて言うのは今ではほとんど死語となっていますよね。
でも、まさしく物理法則のように周りに放った邪念や悪い行いはそのまま回りまわって自分、もしくは自分の縁者に返ってくるんですよね。本当に不思議なほどに。
こういう今ではないものとして無視されがちな視えないものをあらためて考えるきっかけになってくれればと考えています。
——エブリスタでは、本書に収録されている以外のエピソードが次々に更新されていますが、今後どのような展開になるのでしょうか。
ラグト:はい、更なる凶悪な忌み地「七不思議」との遭遇、巨乳後輩・藍さんとの急接近、ご当地霊能女優赤音エマの登場、そして瑞季さんが心霊案件に携わるようになった衝撃の事件とその黒幕の影が徐々に明らかになってくる今後の展開にご期待ください。
——これは楽しみですね。次回作も出版の運びになるよう、是非とも未読の方には書籍を購入して応援していただければ幸いです。
ラグト:そうですね(笑)是非ともお願いします。
——ラグトさん、ありがとうございました。
著者プロフィール
ラグト
香川県善通寺市出身。多度津町在住。
本作『視える彼女は教育係』で、エブリスタ×竹書房 第2回最恐小説大賞(短編連作部門)を受賞し、単著デビュー。
共著に『百物語 サカサノロイ』『怪談供養 晦日がたり』『怪談生き地獄 現代の怖イ噂』など。
好きな妖怪は妖狐。▶Twitter