【日々怪談】2021年8月19日の怖い話~たかし

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【今日は何の日?】8月19日:バイクの日

たかし

 群馬県に住む藤原君が高校生の頃の話である。
 原付バイクの免許を取ったが、新品でスクーターを買う予算がなかった。
 そこで知り合いのバイク屋の店長に相談すると、廃車にするスクーターから中古パーツを寄せ集めて作ったカスタムスクーターなら安くしてやるよ、という話になった。
 このままでは、バイトをして半年後にようやっと愛車が手に入るかという予定だったので、渡りに舟である。一も二もなくその話に乗った。

 引き渡しの日のことだ。藤原君は朝一でスクーターを受け取ると、即座に慣らし運転を兼ねて赤城山まで走りに行った。とにかく今すぐ風を切って走りたかった。もちろんそんなにスピードは出さない。まだ慣れないこともあるし、安全運転第一である。
 峠道を一回りして、さぁ戻ろうかというところで警官に止められた。真っ昼間の検問であった。誘導されるがままに道の端にスクーターを停めた。
 警官は二人いて、一方はスクーターを覗き込み、もう一人が藤原君に声を掛けた。
「原付に二人乗りしちゃ駄目じゃないか。ほら、免許出して」
 財布から免許証を出していると、スクーターを覗き込んでいた警官が、
「ちょっとちょっとちょっと、おーい彼女!」
 誰かを呼びながら、山の中に入っていってしまった。
「おいおい、彼女逃げちゃったよ。いいの?」
 違反切符を書き込んでいる警官にそう言われたが、藤原君には全く覚えがなかった。
「いえ、二人乗りとかしていないんですけど……」
 警官にそう言ったが、全く信じてもらえない。山に入っていった警官も帰ってこない。
 もやもやした気分で家に帰った。家に帰って人生初の違反切符を眺めていると、不思議なことに気付いた。
 違反切符に「伊藤孝志」と書いてあった。警官は自分の免許を見て書いたはずなのに、自分の名前ではなかった。違反点数は一点、反則金は五千円。藤原君は疑問に思いながら、それでもその日のうちに郵便局に振り込みに行った。
 夜、布団に潜っていると、部屋の窓の外から女性の声が聞こえてきた。
 たかしくーんと何度も繰り返し繰り返し呼ぶ声である。
 たかし? 最初は誰のことか分からなかったが、あの違反切符に書いてあった名前だと気付くのに時間は掛からなかった。
 翌日は寝不足だった。家族に女の声が聞こえなかったかと訊ねたが、皆、知らない聞いてないという返事だった。
 昼間は寝不足で動けない。夜になるとたかしを呼ぶ声がずっと聞こえて寝られない。
 一晩中俺じゃないと言い続けた。怖くて家から出られなかった。学校も休み続けた。
 一週間後、やっと声が聞こえなくなった。

 翌朝、早速スクーターに乗ってバイク屋に向かった。店長も藤原君が顔を出さないことを心配していた。
 店長は事情を聞くと、その場でスクーターを分解し始めた。
 シート部分のカバーを外した下に金属の骨組みが見えた。その骨組みに男女で写ったプリクラが貼ってあった。
 そのプリクラをよく見ると、写真の男性の下にはハートマークとともに、「たかし」と書かれていた。

――「たかし」神沼三平太『恐怖箱 百舌』より

#ヒビカイ # バイクの日

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