【日々怪談】2021年3月4日の怖い話~ 僧
【今日は何の日?】3月4日: 雑誌の日
僧
しんしんと寒い夜だった。
無性に肉まんが食べたくなった石野さんは、街道沿いのコンビニに出かけた。
自宅から距離にして数百メートルといったところか。
しばらく歩くと、風鈴の音が聞こえた。
――ちりーん。
ガラスの風鈴ではなく、青銅か何かでできた鉦のような音だ。
風流と言えば風流だが、今ひとつ季節に合わない。
季節はずれな代物を出しっぱなしにしているのはどこの家だろう……と辺りを見回した。割と近いところから聞こえたようにも思ったが、それらしいものを吊している家はなかった。
再び歩きだす。しかし、間を置かず再び風鈴の音が聞こえた。
――ちりーん。
立ち止まって辺りを見回すが、やはりそれらしいものはない。
そんなことが三~四回も繰り返された。
訳がわからないまま歩いていくうちに、コンビニまであとほんの少し、というところまできた。
――ちりーん。
一際大きく聞こえたので、間髪を入れずに背後を振り向いた。
そこには、僧が立っていた。
笠を目深に被り、手には鉦を持っている。
予想外の者が立っていたことに驚いた石野さんは、思わず「わっ」と声を漏らした。
すると、僧は猛烈な勢いで鉦を鳴らし始めた。
――ちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりん。
鉦の音は、僧の手の中から続けざまに聞こえている。
僧は鉦を鳴らしながら、立ち尽くす石野さんにじりじりと近付いてきた。
コンビニまではあと少し。
〈誰でもいいから人がいるところ!〉
石野さんはサンダル履きのまま駆けだし、コンビニの店内に駆け込んだ。
乱れた呼吸を整えつつ、何事もなかったような顔をして店内をうろつくと、立ち読みするフリをしてブックスタンドに立てかけられた雑誌の隙間から店の外を窺った。
僧の姿はない。
〈よかった。私に付いてきたのかと思っちゃった〉
きっと何か別のところに行く途中で、たまたま居合わせただけだろう。
自分は無関係、と確信できたらホッとした。
そのままなんとなく雑誌を読み続けているうちに、本来の目的を思い出した。
〈そうだ、買い物〉
読み終えた雑誌を棚に戻して顔を上げた。
ガラスの向こうには、僧がいた。
しかも増えている。
笠に鉦。同じ装束でズラリと並んだ僧は、手に手に鉦を鳴らしている。
店の外であるにもかかわらず、鉦の音は石野さんの耳元に響く。
――ちりーん。
石野さんはコンビニから一歩も出られなくなった。
――「僧」加藤一『 禍禍―プチ怪談の詰め合わせ』より