【日々怪談】2021年6月10日の怖い話~家族
【今日は何の日?】6月10日:時の記念日
家族
吉野順平さんは出張から帰宅すると、ゆったりとした服に着替え、妻の縁さんが晩酌の準備をしている隙にトイレに立った。しかし、準備されたグラスの氷が溶け始めても戻らなかった。不審に思った長男の征さんが確認に行くと、順平さんはトイレで倒れていた。
すぐに救急車で運ばれたがそのまま還らぬ人となった。四十九歳。くも膜下出血だった。
弟の訃報を聞いて、吉野耕平さんとその家族が病院に駆けつけたのは、順平さんが倒れてから二時間後。まだ順平さんの身体が冷えきる前のことだった。
病院から帰って葬儀の準備をしていると、寝室で着替える際に順平さんが外した腕時計を征さんが見つけた。征さんは盤面を見て声を上げた。
デジタル時計の盤面は、順平さんの亡くなったと時刻を指して止まっている。
「こういうことってあるんですね……」
そう言って涙を流して絶句する征さんと縁さんに、耕平さんは声を掛けた。
「あいつのことだもの、少しでも和ませようとしたんじゃないか」
イタズラ好きだった順平さんのやりそうなことだと、その場にいる人々は納得した。
生きている以上、休まねばならない。耕平さん一家も一度自宅に戻った。
そこで見たのは真っ二つに割れた石盤の表札であった。
表札は真ん中から綺麗に割れ、コンクリートの床に丁寧に揃えて置いたように転がっていた。コンクリートに落ちたなら粉々になっていてもおかしくない。だが、コンクリートに石の表札が落ちたような痕跡はなかった。
当時はまだ築年数も浅く、地震が起きた訳でもない。理由なく表札が落ちるなどという話は聞いたことがない。訃報を聞いて順平さんの家に向かうときには何も異状はなかった。
耕平さんの家族は、これについても妙に納得した様子だった。
「あいつのことだからなぁ」と、再度耕平さんは言った。
「挨拶に寄ってくれたのかもしれないわね」と、妻の薫子さんが言った。
「あの叔父さんのことだもの」と、耕平さんの長女の佳子さんが頷いた。
葬儀は滞りなく済み、嘆き悲しんだ期間も時薬がゆっくりと癒やしていった。
順平さんの時計は暫くその時刻を表示したまま止まっていた。しかし四十九日が過ぎた頃にいつの間にか動き出していた。
今はその時計は征さんが使っている。
――「 家族」神沼三平太『恐怖箱 百眼』より