服部義史の北の闇から~第8話 肩車~
仕事が終わり、林さんは地下鉄を待っていた。
車両が到着し、下車する人々の順番待ちをする。
その最中、流れのように降りる人々の上空に黒い靄のようなものが見えた。
無意識ながらも一歩後退り、その靄を目で追う。
(人……なのか?)
そんな筈はない、とは思うのだが、彼の目には真っ黒い人型のようなものが映っていた。
その直後、後ろに並んでいた乗客に軽く背中を押される。
「あ、失礼」
慌てて車両に乗り込み、シートに腰を下ろした。
先程の靄は、あの人の流れについていったのだろうか?
どうにも気になり、窓越しに確認しようとするが、それらしいものの姿は見当たらない。
(何だよ、疲れ目か……)
両瞼を擦りながら、自嘲気味の笑いが零れた。
ドアが閉まる音がして、車両が動き出した。
林さんはゆっくりと目を開ける。
そのまま正面を見据えた瞬間、状況が理解できなくなり固まった。
目の前に座っている男性の上に、先程の真っ黒い人型が乗っている。
まるで肩車をしているようにも見えるが、男性は一切重みを感じている様子もなく、自然体でいる。
(これは……何というか……)
林さんの頭の中では理由付けや状況整理をしようとしてるのだが、考えれば考えるほど混乱に陥る。
そして答えが出ない状態が、急に怖くなってきた。
(そもそも、あの黒い奴を見続けて大丈夫なのか?)
そうは思っても、目を逸らすという行為ができない。
もしかしたら急に豹変して、飛び掛かってくるのかもしれない。
今現在、顔のパーツなどは判別できないが、目玉のようなものが出現し、標的をこちらに向けてくるのかもしれない。
嫌な緊張感に包まれ、じっとりとした汗が背中を伝う。
目的の駅までは後四つ。
駅に着いたら飛び降りてやろうと考えていた。
ふと気づくと、視界の隅に黒い物が映る。
あまりに目の前の真っ黒い人影に集中し過ぎていて、周りが見えなくなっていた。
眼前の男性の両隣に座る女性二人にも、肩車をしているように新しく真っ黒い人が乗っていた。
(な、何だよ。分裂でもしたっていうのかよ)
林さんの動揺は抑えきれず、威嚇するように横並びの三人の上部を交互に捉え続ける。
その視線が不審に思えたのか、目の前の三人は訝しむような表情を浮かべ始めた。
(何とでも思えってんだよ。それどころじゃねぇんだよ、こっちは)
漸く目的の駅に到着すると思った瞬間、目の前の三人が一斉に立ち上がった。
予定では一目散に飛び降りる予定だったが、どうやらこの三人も同じ駅で降りるようだ。
仕方がないので、先に三人を下車させることにする。
距離を取りつつ、改札へと向かう。
三人とも肩車の状態は変わらないが普通に歩行していることから、やはりあの黒い人には重量などは存在していないように思える。
「薄気味悪ぃな……」
林さんがぽつりと呟いた瞬間、三人は一斉に倒れた。
何もない空間だが、前のめりになる形で三人とも崩れ落ちたのだ。
周囲を歩行していた人達の悲鳴が響き、駆け寄って助けようとしている人もいた。
だが林さんは立ち尽くしていた。
三人の肩に乗っていた黒い人達は地面に触れた瞬間に、吸い込まれるようにしてその姿を消していった。
倒れた三人は痛がる様子も声を上げることもなかった。
その状態に恐怖を感じた林さんは、逃げるようにしてその場を立ち去った。
「あの人達がどうなったのかは分からないままです。正直、関わりたくない、というのが本音なので」
その後も、林さんは人混みの中で、真っ黒い人を見たことがある。
やはり肩車のような状態で、乗っていたという。
そのような状況に遭遇したときは、一目散にその場から離れている。
お陰でまだ、酷い目には遭わないで済んでいるらしい。
著者プロフィール
服部義史 Yoshifumi Hattori
北海道出身、札幌在住。幼少期にオカルトに触れ、その世界観に魅了される。全道の心霊スポット探訪、怪異歴訪家を経て、道内の心霊小冊子などで覆面ライターを務める。現地取材数はこれまでに8000件を超える。著書に「蝦夷忌譚 北怪導」「恐怖実話 北怪道」、その他「恐怖箱」アンソロジーへの共著多数。
★「北の闇から」は隔週金曜日更新です。
次回の更新は9/11(金)を予定しております。どうぞお楽しみに!
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