実話怪談連載「服部義史の北の闇から」第20話 恵庭の家の話(一) 共存生活 *最終回
藤木さんは恵庭市の賃貸一軒家で生活をしている。
家族構成は、母親と娘夫婦、孫となっている。
以前から、この家で生活をしていると気になることがあったという。
藤木さんと娘家族の部屋は二階部分になっていた。
夜間や就寝時に、天井から異音が聞こえてくることが多々あった。
大きな物が落下したような音、何かを引き摺るような音、誰かが走り回る音と、バリエーションは豊富である。
ちなみにこの家の二階の上には物置となる屋根裏部屋がある。
天井の一部可動スペースを開くと、スライド式の梯子が降りて来る。
そこを上ると十二畳程の打ちっ放しの板で囲まれた一室が、物置部屋として利用できるスペースとなっていた。
更にその部屋の左右には簡易な扉が設置されていた。
そのどちらの扉を開けても、ブローイングが撒かれた普通の天井裏が存在するだけで部屋としての機能は果たしていない。
メンテナンスの為に備え付けられたものなのか、増改築をいずれする為のものだったのかは不明なままである。
藤木さんは引っ越してきた時点で、この部屋の存在は知っていた。
ただ、あまり利用する気にはなれず、早々に不要な物を押し込み、ほぼ封印する生活をしていた。
ある日、藤木さんの親族の女性が家に遊びにきた。
多少の霊感があるその女性は、突然、屋根裏部分に存在する異形のことを話し出す。
とても力が強いので、どうすることもできないと話し、塩や米などで自己流のお守りを作ると藤木さん家族に手渡した。
霊感などは持ち合わせていない藤木さんにすると理解できない話ではあるが、謎の異音の原因を考えると合点がいく部分もある。
自分の家に霊がいる、と考えると恐怖もあるが、急に引っ越しをするとなると現実的に無理がある。
それから藤木さん家族は、怪音などはやり過ごすようになる。
気にはなるのだが、気の所為にする。
そのような生活が数年間は続いた。
ある日の職場でのこと。
何の話からそういう話になったのかは、はっきりとは覚えていないが、仕事終わりの雑談で霊の話になる。
「そういえば、うちの家にも霊がいるらしいよ」
その言葉に、同僚の安田さんが食いついた。
興味津々に親族の話を聞き、ふーむと考える。
「大体のことは分かったけど、実際に現地で確認したいな……」
今現在の状況や話していないことまで、何故か安田さんは知っていた。
突き詰めると、安田さんにも霊感があり、その人を見るとある程度の状況は理解ができ、また大抵の霊なら排除できるという。
藤木さんは意味不明な力の話に唖然とし、これまでそのような素振りを見せたことがない安田さんに大層驚かされた。
また日を改めて、藤木さんの家を訪れることで、その日の話は終わった。
休日の日、藤木さんの家へ安田さんが訪れた。
安田さんは家に入るなり、各部屋を窺うようにして回る。
「ふんふん……」
独りで何かに納得するように安田さんは頷く。
二階部分に差し掛かると、若干彼の表情が険しくなった。
「ほうほう……」
相変わらず何かを理解しているらしい。
「ちなみに、ここが屋根裏に上がるとこです」
安田さんは躊躇いもせずに稼働箇所を動かし、開口部を作る。
家の構造上の冷気が下へと流れ込んでくるが、それ以上の寒さを安田さんは感じていた。
意を決したように安田さんは梯子を上っていく。
その様子を下から、藤木さんと娘が覗き込んでいた。
屋根裏部屋に立った安田さんは辺りを窺う。
「こっちだな……」
親族の女性が話していた強い力の存在を安田さんも感じていた。
スマホを取り出し、一方のドアを開ける。
安田さんの目には雑多な霊が見えていたらしい。
その中でも、ボス的な霊を撮影しようと彼は集中する。
視界の奥、屋根裏の壁の一部には、何故かくたびれた紙垂が飾られていた。
スマホを構え、いつでも撮影ができるように身構えていた。
しかし彼のスマホは操作をしていない状況で、勝手に連写でシャッターを切りまくる。
そう思ったら、突然シャットダウンされた状態になり、再起動を余儀なくされる。
「くそう……」
想像の上をいっていたのか、彼の口から思わず言葉が漏れる。
上での状況が気になった藤木さんの娘は梯子を途中まで上り、安田さんの姿を追っていた。
開かれた扉の向こう、真っ暗な闇の中に安田さんの背中が見える。
「撮れたろ、今!」
確信したような彼の言葉が聞こえた時、藤木さんの娘も闇の中に何かを見ていた。
扉を閉めて、何かの術を施すような仕草をした安田さんはゆっくりと梯子を降りてきた。
「一応、撮影できたよ。でもまあ、アレには手を出さない方がいいかな」
「さっき何かを見たんだけど……。何かってよくわかんないんだけど、変なのを見た」
「多分、見ちゃうよね。あれだけの存在だから……」
安田さんの話によると、ボス的な存在には手を出さない方がいいという。
また雑多な存在はボスの力に惹かれるように集まってくるらしい。
ボス以外は排除できるが、どうせすぐに新しいものが集まってくるから無駄であると。
その辺を踏まえて、安田さんは提案をしてきた。
〈藤木家とボスの共存生活〉
天井裏を走り回る足音などは無視を決め込む。
その他の異音も無視をする。
お互いに居場所を侵害しない形が手っ取り早くて理想的であるという。
どのような方法であるのかは説明されなかったが、安田さんはボスと交渉をしたらしい。
「これでまあ、一先ずは安心でしょう」と何かが落ち着いたような表情をみせた。
その後、音がしやすい場所や何らかの現象が起きやすい場所の説明もしてくれた。
天井裏から娘の部屋の半分くらいまでを経由し、藤木さんの部屋の三分の二を迂回する形でまた天井へと戻るのが霊の通り道となっている。
他に出やすいのが浴室であるが、都度、邪魔なようであれば排除する約束をしてくれた。
藤木さんと娘の部屋には、手製のお守りも置かれた。
そうして、一通りの作業を終えた安田さんは帰っていった。
その日のこと。
就寝についた藤木さんの娘さんの部屋のテレビが勝手に点いた。
旦那さんが驚き、慌てて消すも、また勝手に点いてしまう。
何度か繰り返した結果、コンセントを抜くという最終手段に出た。
日を改めて、その話を聞いた安田さんが確認の為に藤木家を訪れた。
しかし、特に問題はないという。
彼は娘の部屋を見渡しながら説明をする。
「ここからこんな感じで、霊の通り道〈霊道〉があるから、そこに被る電化製品とかは影響が出てもおかしくない。前回、屋根裏部屋に通じる天井を開けたから、更に影響が強まったんだね。他に影響が出やすいものと言えば、例えばあのパチスロの機械とか……」
その話を聞いた旦那さんの顔色も変わる。
娘の部屋には古いパチスロの台があり、旦那さんが時折遊んでいるらしい。
天井に繋がる稼働部を開けた日に、実際にいきなり動き出したという。
現在も藤木家はそこで生活をしている。
特に大きな問題は発生していない様子から、共存生活は上手くいっているものと思える。
安田さんが定期的に訪れていることから、その都度、何かの処置を行っているのかもしれない。
ただ、その内容は教えてはもらえない。
これは恵庭市の普通の住宅街でのお話である。
〈補足〉
話に出てきた安田さんが撮影した画像という物を予め頂いており、その数は七枚程はあった。
そしてこのお話の途中で、その画像を使用させて頂く予定だったのだが、何故かデータファイルから全てが無くなってしまっていた。
私が間違って消した筈は無い。
そうは思いつつ、改めて画像を頂こうと藤木さん経由で安田さんに話を通してもらった。
しかし、安田さんの方でも全ての画像が消え失せてしまっていた。
さて、この家の怪異はこれだけに収まらない。
その後も不思議なことは起こり、今も続いている。
その詳細は、3月末に発売予定の【北の闇から】に収載される。
読者の皆様には、是非ともご確認をお願いしたい。
また、安田さんの画像が消滅した話をしたが、後に私自身もこの地を訪れ撮影をしている。
私は能天気な性分なので、このとき現地でオーブや謎の靄が撮影できたことに浮かれていた。
本質を見逃していたのである。
文庫化にあたり、編集の加藤さんと打ち合わせをしていた。
安田さんの画像は消えたが、私の画像を使用したいと提示したのである。
「んー、これって……」
加藤さんは同日同時刻に私が撮影した何枚かの写真を眺めつつ、違和感を次々と指摘した。
皆様はお気づきになられるだろうか?
……その解答は、【北の闇から】文庫版あとがきに記したいと思っている。
著者プロフィール
服部義史 Yoshifumi Hattori
北海道出身、札幌在住。幼少期にオカルトに触れ、その世界観に魅了される。全道の心霊スポット探訪、怪異歴訪家を経て、道内の心霊小冊子などで覆面ライターを務める。現地取材数はこれまでに8000件を超える。著書に「蝦夷忌譚 北怪導」「恐怖実話 北怪道」、その他「恐怖箱」アンソロジーへの共著多数。
★ 「北の闇から」は 北海道在住の著者がしばれる怖い話をお送りしてまいりました。この続きは3月29日発売予定の『実話怪奇録 北の闇から(仮)』にてお楽しみください。
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