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限界突破で社畜は獣に、そして失踪…1年後に起きた怪事とは?「社畜怪談#5」最終回

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 好評発売中の社畜怪談
 社畜がテーマの実話怪異譚集です。
 テーマがテーマなだけに、いろいろな体験談が集まりました。
 それこそ、小話のようにさらっと(?)したものから、根が深そうな物まで。
 最終回となる第5回は〈突然キレた体験者の同僚の話〉です。
 第1回と似たシチュエーションですが……どのような体験談か、是非あなたの目でお確かめ下さいませ。
 では、どうぞ。

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#5 営業の林

 南田麻由美さんが勤めていたのは某メーカーである。
 と言っても大手ではなく、本当に中小といったクラスだ。
社員のやる気こそ会社の財産、という話であったが、根本にブラック企業の体質を持っている。どれほどブラックかは部署ごとに違うが、基本〈サービス残業はして当たり前〉〈平日に仕事が終わらないなら、もちろん休日出勤〉である。
 更に〈ライバル企業に勝てないのは社員ひとりひとりの努力が足りないから。そこをカバーするのは気合いと根性〉と常に繰り返す体育会系的な社風もあった。
 これはある種の洗脳に近いと言っても過言ではない。
 社員達が立派な社畜となっていくのは仕方がないこと……だったのかも知れない。

 ある月例会議の日だった。
 五階の会議室には各部署の責任者とプロジェクト担当などが集まっていた。
 南田さんは商品開発部の責任者と共に出席していたという。
 堂々巡りの会議が中盤に差し掛かった頃か。
 重い空気が漂う中、突然、大声を上げて立ち上がった人間が居た。
 営業部所属の林という男だ。

 三十代。営業部のエースだったはずだが、最近成績が落ちて来ていた。
 彼は責任感が強く、仕事上の問題は全て自分にあると考えるタイプと聞く。
だからだろう。最近は異様なほどの営業と残業、休日出勤を繰り返していた。が、それでも数字は上がらない。そこを利用され、林は今回の会議で営業部部長から繰り返し叱責され、やり玉に挙げられた。昨今懸念されている会社全体の営業成績不振に関するスケープゴートでもあったのだと思う。残酷な仕打ちだった。
 林が大声上げ立ち上がった――キレた理由は、多分それだ、と南田さんは想像した。耐えきれなかったのだろう、と。
 会議室は騒然となった。
周りの制止をものともせず、彼は獣のような声を上げ続ける。暴れ回る。
 大の大人が数人がかりでも取り押さえられない。
 ついに林が会議室の窓から外へ飛び降りようとした。ただ、完全に開かない窓の構造のおかげで出ることが出来ず、もたついている。そこを何とか引っ張って床に転がしたが、今度は手足を激しく動かすので近づけなくなった。
 一同が困り果てる中、彼は突然ぴたりと動きを止めた。
 そして、一瞬の隙を突いて会議室の外へ飛び出す。
 林はそのまま会社の敷地内から出ていったと、追いかけた人から聞いた。
 業務に支障を来すからと誰も後を追わない。それどころか呆れた様子だ。
 会議のプレッシャー如きでキレた事は大人げないことだ。それにどうせそのうち帰ってくるだろうが、そのときは針のむしろである。余計に辛いことになるから、アイツは馬鹿なことをしたものだ、と現場に居た者からは冷笑気味の意見が多かった。
 しかし、林は二度と戻ってこなかった。
 以降、会社にも、自分の部屋にも、実家にも姿を現さず、そのまま行方不明になったのだ。
 そもそも、飛び出して以後の消息も全く分からなかった。
(人間ってこんなに簡単に行方をくらませられるんだ)
 そんな風に思った事を南田さんは覚えている。

 林失踪から一年が過ぎたか過ぎなかった頃か。
 営業部で騒ぎがあった。
 林から荷物が届いた、と言うのだ。
 社内中に話が伝わり、営業部があるフロアに野次馬が集まる。
 たまたま同僚と近くに居た南田さんも物見遊山で様子を見に行った。
 宅配便で送られてきたそれは段ボールであり、ある程度大きさと重さがあるらしい。
 送り主の名は林で、住所は滅茶苦茶。調べると何処にも存在しない地名が並んでいた。加えて、どれも見覚えのない女文字で書かれている。
 開けてみると一台のノートパソコンと電源アダプタ、封筒が入っていた。
 多分、(パソコンは)安価なものだと誰かが言う。
 封筒にはプリントアウトされたコピー用紙が一枚入れられており、横書きの文章でこんなことが書いてあった。
〈パソコンを立ち上げ、デスクトップに置いた動画を見て下さい。逃げた謝罪がしたいが、面と向かっては恥ずかしいから動画にしました。パソコンのパスワードは……〉
 どことなく周到さを感じさせる文体だ。
 ひとりの社員が遠慮することなくパソコンを開いた。
 起動に時間が掛かる。固唾を呑んで見護っていると、漸くパスワード画面になった。
 書いてあったパスを入れるとデスクトップが表示される。
 ゴミ箱の他は、フォルダが一つだけだった。
 ワイファイなど通信関連は切られている。LANケーブルなども当然差し込まない。これなら何かの間違いで社内ネットワークに繋がらないから大丈夫だ、と操作している人間が口に出した。
 フォルダ名は覚えていない。中身は動画がひとつで、ファイル名は数字の羅列だった。
 早速クリックされる。
 事前にインストールされていたであろう動画再生ソフトが立ち上がった。
映し出されたのはモノクロ映像――テレビなどで見る赤外線カメラ風の映像だ。いや、本当に赤外線映像かも知れない。ならば夜の映像か。
 背景には沢山の木々が密集している。何処かの山の中と思われた。
 映像はそのまま変わらない。せっかちな社員がスライダーで早送りをした。
 急に人の姿が出てくる。男だった。画面右側から左側へ向かって横向きで歩く姿だ。
 両腕を降ろしたまま猫背で歩くそれは、林のように見えた。
 動画が止められる。少し髪が伸びているが、やはりどう見ても林だ。
 下半身はジャージ、足下はスニーカー。だが、何故か上半身は裸だった。
 その姿が最初に出てきたところまで動画は巻き戻され、再び再生ボタンが押される。
 彼は両腕を降ろしたままウロウロと左右に歩いており、カメラの方には見向きもしない。
 誰かが声を上げた。
「あれ? 傷?」
 腕や身体、首に細い切り傷のようなものが幾つも走っている。
 縦横斜めに交差している部分があり、何となく文字っぽく感じられた。とはいえ、何となく程度の話だが。
一体この傷はなんだ、意図的につけられたのか。そんな議論の最中、林の手に何かが握られていないか、と野次馬のひとりが指摘する。
 右手にロープらしきもの。左手に大きなカッターナイフらしきものが握られている。
 今まで気がつかなかったのもおかしいが、それよりも〈ロープにカッターナイフ〉に不穏な想像が働いて仕方がない。
 そのうち、林はフレームの外から戻ってこなくなった。
 動画の残り時間は数分ある。今度は誰も早送りをしない。
そのまま見詰め続けていると、画面に変化が起こった。
レンズの外側、こちらから見て右側上方からひとつの手が一瞬フレームインしてくる。
 細い指だった。女の手、それも右手だろうか。
 手はそのままフレームアウトし、動画が終わった。
「なんだこれ」
 皆がざわめく。その中で誰かがもう一度見ようと言った。
「(音が)ミュートされてた。今度は音を出そう」
 改めて調べると動画の長さは八分弱。
 頭から再生が始まった。録音レベルが小さいのか何も聞こえない。スピーカー音量を上げる。雑音と共に、何かが鳴っていた。例えるなら、近くで誰かが地面に落ちた葉っぱを踏むような音だ。それが左右に動いている。グルグル歩き回るイメージが浮かんだ。何処か、何かを迷っているような感じを受けた。
 二分ほどして、林が出てくる。
 同時に何かぶつぶつ言うような声が始まった。社員達には聞き覚えがある。
そう。林の声だ。
だが、何故か映像内で歩く当人の口は動いていない。では一体誰が発しているのか。もしや、動画にオーバーダビングでもされているのだろうか。しかしそれに意味はあるのか。
 分からない。
 画面の中では林が戻ってこなくなった。
足音が遠ざかっていく。ノイズだけになった。
 そして、一瞬あの手が入ってくる。
 と同時に驚くほど大きなヴォリュームで声が響いた。
〈……パッ、チ〉
 甲高い声だ。
 そして同時に動画が終わる。
 皆、顔を見合わせた。そして音量を下げて、手のシーンを繰り返す。
 細い指を持った右手だ。指輪などの類いは着けられてない。
そして、やはり〈パッ、チ〉としか聞こえなかった。
 少なくとも林の声ではない。何となく、女の声っぽいような気がする。それも怒っているような、そんな雰囲気もあった。
 そして、南田さんは気付いた。映像内に光源らしきものがないことに。
赤外線カメラの映像だと仮定すれば、不自然なことではない。当たり前であるし、そのための機能だ。と言うことは、林は灯りのない中を彷徨いていたことになる。しかし、こんなにスムーズに歩けるものだろうか。もっと足下を確かめながら進むだろうし、場合によっては転んでしまうだろう。しかし、そんな素振りは一切見えない。
 誰かに疑問を投げかけてみようと思った矢先、何度目の再生が始まった頃だっただろうか。突然フロアの照明がダウンした。
 ほんの僅かな時間で復帰する。瞬停(瞬間停電)だと周囲がざわついた。
停電だと作業中のデータが飛ぶなど、社内に多大な影響があるはずだ。が、何処も騒ぎになっていない。
 ふと見れば林のパソコンの電源が落ちている。ノートパソコンだから内蔵電源で使っていた。添えられていた外部アダプタは繋いでいないので、バッテリー切れだろうか。
 再起動を掛けた。普通に立ち上がる。バッテリー残量は八十弱。ではどうして消えたのか。ハード的な不具合か。明確な答えは出ない。
再びパスワードを入れ、画面をチェックする。動画は消えていない。
 これ以上見ても意味がないのではないかと、数名の口から出た。
 手紙の内容とは違い、一切謝罪しているような内容ではなかった。
仕事も忙しいし、面倒ごとも厄介だから、このまま林の親へ送ってあげようと元通り梱包され、後は総務へ押しつけられた。

 だが、この後が大変だった。
 林の動画騒ぎの直後、営業部の顧客データなど一部ファイルが壊れている事が判明。復旧するのにとんでもなく手間が掛かり、営業部はほぼ泊まり込みで作業する羽目に陥った。
 データ破損の原因は不明であったが、タイミングがタイミングだったので〈林の呪い〉と社内では噂されてしまう。
更にデータ復旧後には営業部部長の肺に癌が見つかり、長期離脱が確定したのも混乱に拍車を掛けた。
 そしてその後、複数の得意先や同業他社で林を見た、という人が出てきた。
 得意先だと、林が担当していたところばかりだ。
 目撃した得意先の人たちが口を揃えて言う。
「夜、さあ帰ろうかと思ったとき、窓の外に林さんが居て、深々頭を下げて消えた。しかし高い階の窓で、ベランダ的なものはないから人が立てるわけがない」
 そして同業他社で林を目にしたのは、言わばライバルである営業数名だった。
 これも大体似たような話が並ぶ。
「ひとりで残業しているとき、ぽんと肩を叩かれたので振り返ると林さんだった。一瞬で消えたから幻覚だと思った」
 林を見た営業らはその後身体を壊し、成績が急激に下がった。
 そればかりかその同業他社全体の売り上げも落ちていく。
 反比例するように南田さんの会社の業績が急激にアップとなった。
 これを〈林の呪いによる、同業他社の追い落とし〉だと表現する人間が社内には少なからずいたが、どちらかというと笑い話にしていた。
「林の呪いで業績アップしたが、アイツこんな状態でも会社に貢献するなんて。とんでもない愛社精神の持ち主だ」
「社畜だよ。社畜」
 周囲のように彼女は笑えなかった。

 ただ、その後、社内では問題が頻発した。
 例えば、営業の某は取引先の駐車場に止められていた車を当て逃げし、そのまま報告を行わず隠蔽。発覚後、会社間の大問題となった。この某は林と馬が合わない上、常に彼を敵視していた人間だ。
 また、例の営業部長は癌の転移が認められ、結果、出世レースから脱落。
 更に、女性社員の横領が白日の下に晒された。それだけではなく、彼女は社内データの一部を外部へ漏らしていたことも判明。その女性社員は林を一方的に嫌っていることで有名な相手だった。
 他、別の営業が残業中に社内のトイレで首を吊った。
 なんとか命は助かったが、後遺症が残りリタイア。
 発見時、傍にあった遺書には〈林さんのご家族に届けて下さい〉と現金が二十万円ほど添えられていた。ただそれだけで、説明などはなかったらしい。
 彼と林の間に確執や問題があった事実はない、と全員が口を揃えて言う。ではどうして彼は林の家族にお金を残そうとしたのだろうか。理由は分からないまま終わった。

 その後、南田さんは全く違う職種の会社へ転職した。
 好調とは言え、あの会社に居てはいけない気がなんとなくしたからだ。厭な予感がした、と言い換えてもよい。それに従ったに過ぎなかった。
 それから二年ほど経つ。
調べてみると前職の会社はシェアを他社へ奪われ、業績が急激に悪化していた。
一部、 口さがない人間から〈あの会社は泥船〉だと揶揄されている。

 会社を辞めて以降も、偶に林のことを思い出す。
 しかしその安否も、動画の意味も、一切が闇の中である。

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著者プロフィール

久田樹生 Tatsuki Hisada (本連載執筆者)

作家。小説から実話怪異譚まで手がける。代表作に「犬鳴村〈小説版〉」「ザンビ」「南の鬼談 九州四県怪奇巡霊」(竹書房)等。あな恐ろしや服飾系から工業系まで色々働いた経験あり。(社畜歴:25年)

黒碕 薫 Kaoru Kurosaki

小説家。『武装錬金』『るろうに剣心北海道編』(集英社/和月伸宏)のストーリー協力もしている。社畜歴はエンジニアリング会社で4年ほどだが、つらかった思い出しかない。その後外注で入ったゲーム会社はとても楽しかった。(社畜歴:4年)

佐々原 史緒 Shio Sasahara

作家。広告代理店勤務中に二人三脚漫画家の原作担当としてデビュー。2001年小説に転向。ホラー代表作は「1/2アンデッド」シリーズ(KADOKAWAファミ通文庫)。(社畜歴22年)※のべ



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