「片町酔いどれ怪談 」営業のK 第6回 ~ライブ会場に現れる子供~
毎年、クリスマスの時期になるとお店に頼まれて、クリスマス・ライブなるものを行っていた。
過去形なのは、メンバーがそれぞれ仕事で忙しくなり、去年を最後に出演をやめたからである。
最初の頃はお客さんもまばらであり、どちらかというと、自分達が楽しむためのライブという感じだった。
自分達が好きな曲を演奏して、バイト代まで頂けるのだからこんなに美味しい話はない。
しかし年々、お客さんが増えていき、ありがたいことにすぐにチケットが売り切れるらしい。
だから、当初は12月24日のイヴ限定だったのだが、すぐに約1週間ぶっ続けのライブへと変わっていった。
そんな状態だから、お金大好き(?)なマスターにしたら、本当はもっとライブの日数を増やして稼ぎたいというのが本音であり、実際、25日までライブが行われていた時期もあった。
しかし最近は、どんなにチケットの需要が有ったとしても、絶対にライブは24日迄で終わる事に決めていた。
そのライブでは、バンドメンバーがトナカイの着ぐるみを着て演奏するのがお定まりであった。
クリスマスらしいと言えば聞こえはいいが、完全な客寄せパンダである。
しかし、最初からそうだったわけではない。ライブをスタートした頃は、普通にロックバンドらしい格好で演奏させて貰っていた。
実際、ギターを弾いた事のある方なら分ると思うのだが、着ぐるみなど過度の衣装を身に付けて演奏するのは非常にやりづらいし、何より疲れる。
それなのに、何故、わざわざトナカイの着ぐるみを着て演奏しているのかと言えば……
仕事関係の知り合いが来ても、顔がバレないというのが一つ。
何より、格好だけもで笑いが取れて、ライブが盛り上がるからというのが大きいは大きい。
だが、実はそれ以上に大事な理由が存在していた。
それは、憑かれるのを防ぐため――である。
何故?
と思われる方もおられると思うので、これからその理由を書こうと思う。
最初にその店に頼まれてクリスマスライブを開いた年、演奏中にある事に気が付いた。
フロアに子供が居るのである。
過去にもその店でライブをしたことは何度もあったのだが、そんな子供を見たのは初めての事だった。
妙に印象に残ってしまって、翌年また同じ姿を見てあれっ?と思った。
たぶん、小学校低学年くらいだと思う。
大人に混じって1人だけ子供が居るのですぐに気が付いた。
最初は、マスターかお客さんの子供なんだろうな、くらいに思っていた。
だが、その頃の客層はというと、ぱっと見ガラの悪そうな大人達だけであり、子供連れで来るのは違和感がある。
不審に思った俺は、マスターに聞いてみることにした。
「そう言えばさ、毎年聞きに来てる男の子って、誰かのお子さんなの?」
マスターは一瞬きょとんとして、すぐにナイナイと否定した。
「何言ってるの、そんな子供が来ているのなんか見た事がないよ!」
だが、打ち上げの席でバンドのメンバーに聞くと、全員がその男の子がライブの間中、会場に座っていたのを覚えていた。
まぁ、皆かなり酔っていたから、あてにならないと言われてしまえばそれまでであるが。
しかし、その次の年も、そのまた次の年も、クリスマスライブが開催されている期間、男の子は現れた。
だからある年、ライブの最中にわざと余興として店のマスターをステージに上げ、1曲歌わせる事にした。
あの子が見えるのがステージにいる俺達だけなのだとしたら、マスターもステージに上げてしまえばその子の姿が見えるかもしれないと思ったのだ。
そして、案の定ステージに上がり、歌い始めたマスターの顔がどんどん蒼ざめていくのが分かった。
見えている……。
俺はそう確信した。
無事にライブが終わり、打ち上げでマスターに確認する。
すると、やはりマスターにも、しっかりその子の姿が見えたらしい。
だが、子供の顔には記憶がないという。
マスターも呼ばれてステージに上がることならたまにあるが、他のライブでその子が見えたことはなく、やはりクリスマス・ライブが特別なのではと話していた。
もっともその理由は分からないのだが……
俺達にもマスターにも、嫌な空気が漂った。
重たいそれを振り払うように景気よくグラスを煽ると、マスターは俺の背中を力強く叩いて言った。
「でもほら! 毎年お客さんの数も増えてきてるクリスマス・ライブを中止にする訳にはいかないからさ、気にしないで来年も頑張ってくれ!」
大丈夫、大丈夫と連呼するマスターは、自分で自分に言い聞かせているようではあったが、
確かに俺達も直接危害をこうむった訳ではない。
こんなことで割のいいバイトを失いたくはなかったから、とりあえず、気にしない事にした。
そして、翌年も、その翌年も、クリスマス・ライブは行われ、マスターの願い通り、どんどん客は膨れ上がり、開催日数も増えていく。
そのうち、最初はガラの悪い客層だったのが、年を重ねるごとにカップルやお洒落なお兄さんお姉さんが集まるようなライブへと変化していった。
ライブ事体も趣向を凝らし、お笑いの要素もふんだんに取り入れて、誰でも飛び入りで好きなクリスマスソングが歌えるものに変わっていく。
しかし、ライブの内容が変わっても、お店の中がすし詰め状態になっても、必ずその男の子は来ていて、ずっと座っていた。
表情はない。
何をやっても無表情なので、楽しんでいるのかつまらないのかすら、俺達には分からなかった。
そんなある年、店のマスターがライブの開催日数を増やし、独断で12月25日まで開催する事に決めてしまった。
色々と反論はあったが、結局マスターに押し切られる格好で、12月25日までのライブが決まった。
ちょうど、8日間連続という長丁場だった。
だが、その年は何かが違った。
ライブの内容や客の数ではない。
その男の子が、例年と違っていたのである。
いつもは、知らないうちに現れ、知らないうちに消えていた。
だが、その年は何故か、練習の際にも、その男の子は現れた。
そして、ライブが終わっても、男の子はずっとそこに居続けた。
ただ、相変わらず危害を加えるものではない。気にはなるが、あえて気付かぬフリでやり過ごした。
ただ、2日目以降、異変はさらに加速度を増した。
男の子の顔が、どんどん大きくなってきたのだ。
最終日の25日になると頭部は元の数倍になり、水死体のように膨れ上がって、腐れかけていた。
男の子は腐れて歪になった顔を左右に揺らしながら、演奏する俺達やボーカルの女の子の顔を順番に覗きこむ。
じっとりと、顔を覚えるように念入りに。
勿論、ステージの下にいる観客には何も見えていない筈なので、俺達は必死に我慢して演奏を続けるしかなかった。
だが、ボーカルの女の子は、さすがに耐え切れなくなり歌の途中で突然泣き出してしまう。
感極まって泣いちゃった~という適当な誤魔化しと笑いでしのぎ、何とか最後まで終わらせた。
――が、その年のライブが終わってから、メンバーが次々と不慮の事故や不幸に巻き込まれた。
交通事故や、原因不明の怪我、そして、精神的にやられてしまう者。
死人が出なかったのが不幸中の幸いだったが、さすがにその年を最後にクリスマス・ライブは終わりにしようと全員が思った。
しかし、翌年、マスターがある提案を持ってきた。
それは、
・ライブは何が有ろうと、24日で終了させる。
・バンドのメンバーは全員、着ぐるみやサンタの衣装に身を包み、ライブで使用した衣装はライブ終了後に焼却処分する。
・ボーカルの女の子は、毎年、オーディションで選ぶ。
そして最後に、
・クリスマス・ライブの前には、きちんとお店で御祓いをしてもらう
――という事だった。
結局、小遣い欲しさに情けなくも俺達はそれを承諾した。
だが、幸いそれ以来、バンドのメンバーに不幸が起きることはなかった。
ただ、それからも男の子は、当たり前のようにそのクリスマス・ライブに来ている。
期間中、毎晩必ずやって来て、無表情に座っている。
それでも以前のように顔が巨大化する事も、歪に腐っていく事も無かったのだから、店長のアイデアが功を奏したのかもしれない。
俺達のバンドがその店でのクリスマス・ライブを引退してから、別のバンドが引き継ぐことになったと聞いているが、今年はどうだろう。
やっぱり、変わらず聞きに来るのか……。
確かめに行ってみたい気もするが、やはり見に行くべきではないのかもしれない。
ただの怖いもの見たさでは済まない気がして仕方がないのだから。