【日々怪談】2021年6月9日の怖い話~息の続く限り
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息の続く限り
外資系の会社で働いている中村さんは海外出張が多い。ジェットセッターという言葉がふさわしい働きっぷりだ。
出張中は、どの国でもビジネスホテルの部屋に滞在することになる。
そのときの出張先はインドであった。
最初にインドと聞いたときは、どうなるかと心配していたが、現地に着いてみるとなかなか小綺麗なホテルだった。中村さんは自分の偏見を恥じた。
滞在して数日経った頃のことだ。日中の仕事を終えて夕食も済まし、ホテルに戻ってインドビールを飲んで寛いでいると、ホテルの廊下から大勢の男達の喋り声が聞こえてきた。
がやがやと騒がしい声はどんどん近付いてくる。大人数で何を喋っているのかと耳を傾けてみると、
「カバディカバディカバディカバディカバディ」
と、ひたすら繰り返している。
――あぁ、カバディか。
カバディはインドの国技である。チームスポーツだが、攻撃側が攻撃時にカバディカバディと呪文のように連呼しなくてはならないという特徴的なルールがある。
中村さんはそんなことを思い出しながら甘口のビールを口に含んだ。
すると、男達の声が急に近くなった。部屋に入ってきたようだ。だが、ホテルのドアはオートロックである。
何事かと振り返ると、大勢のインド人が鉄の扉を突き抜けて、部屋に入ってくるところだった。
数名はそのまま反対側の壁も突き抜け、隣の部屋に去っていった。
声を出している男達は空中の一点を見つめ、ひたすら呪文のように〈カバディカバティカバティ〉と繰り返していた。
ゲームに取り組む全員が真剣な表情をしていたという。
――「 息の続く限り」神沼三平太『恐怖箱 百舌』より