あらすじ
「パーカー」
自殺した彼女の遺品にあった絵葉書。「○○が迎えにきたから行きます」と書かれたそれには見覚えが…
「淡水パール」
なかなか落とせない意中の女性が最近妙な痩せ方をしてきた。原因は他の男に貰ったというピアスに…?
「天使彫」
彼女が生まなかった腹の子に名前を付け、天使の絵と共に自身に彫り込んだ男。やがてタトゥーに異変が…
「もみの木」
もみの木に赤子を捧げよ…家業繁栄のため、夢のお告げに従い、庭の大木の根元に人柱を埋めた家は…
「肉丸」
全く別の土地に住む二人から聞いた奇妙な話。人の手足が生えた肉団子のような悪霊がいるというのだが…
「続いている」
バイク仲間数人に贈ったそれぞれの愛車そっくりの手製プラモデル。だが貰った者が事故死する連鎖が…
「禍跡」
古屋を購入した同僚を襲う異変。家を訪うと、部屋の四方の壁にお辞儀をしろと言われる。一体何が…
「廃病院」
九州の廃病院の地下で迷い込んだ奇妙な世界。自らを幽霊と名乗る男女二人に誘われた先で見たものは…
著者コメント
この四年間で、竹書房怪談文庫から「○○草」と命名した四冊の単著を出させていただきました。コンセプトは「死ぬ・消える・終わる」という、負の側面が強い話ばかりを収めるというものでした。
この通称草シリーズ(怖気草・寒気草・毒気草・吐気草)には、著者が一年で聞き集めた怪談の中で、コンセプトに合致すると判断された怪異譚だけが詰め込まれ、かつ四冊合計でぴったり百話になるように構成されています。つまり、今年で四年間掛かった百物語の第二夜も、ようやく完結したということになります(なお、第一夜の「憂怪シリーズ(崩怪・坑怪・叫怪・醜怪)」も、合計で百話になっています。こちらもどうぞよろしくお願いします)。
シリーズ既刊をお持ちの方には、是非一夜で四冊一気読みを果たしていただきたく思います。特に順番は決まっておりません。収録されているのは酷な怪談ばかりですが、四年間の成果を一晩で読み通すことで、この心塞ぎがちな現状をしばし忘れる一助になりましたら幸いです。
——さて、来年からの新シリーズのタイトルはどうしましょうか。
著者自薦・試し読み1話
二本取り
「親父が死んでから、来るようになったんですよ」
平林さんはポケットから片手を出して、テーブルの上に載せた。
薄手の手袋に包まれた左手。そのうち二本の指には作りものの指が入っているという。
「あと、足の指を一本。左肩の腱。そして右の眼球」
物心付いたときから、父親が賭け事に狂っていると知っていた。
ただ、普通と違うのは、彼はギャンブルで負けなしだったことだという。
父親は定職に就いていなかった。母親はパートで働いていたが、父は毎週その稼ぎよりも大きな額を家に入れていた。
子供の頃に、駅前に散歩に連れていってもらったことがある。
そこで、スクラッチくじを買った。
「どれでもいいぞ。削ってみろ」
銀を十円玉で削っていくと、当たりだった。
千円が五千円に化けて、それを元手におもちゃを買ってもらった。
「俺は賭け事では負けないんだ」
彼が自信満々でそう言ったのを覚えている。
父親の人生が下り坂になったのは、平林さんが高校に入学した直後からだった。
パチンコ屋から帰ってくる途中でバイクで転倒し、右手の薬指を失った。
それがケチの付き始めだった。
次は母親の癌が発覚した。ステージ4。既に全身に転移しており、手の施しようがないと医者に言われた。すぐに入院となった。
それでも父親はギャンブルをやめなかった。
その頃の父親は、確かに賭け事で負けることはなかったが、以前よりも家に入れる額が格段に下がっていた。
毎日パチンコ屋に通い、週末には競輪、競馬、競艇場へと足を運び、大きなタネ銭で僅かながらに得られたプラスの結果を、酒に費やすようになった。
結局、母親は半年と経たずに亡くなってしまった。
「俺が親父の代わりに母親の見舞いに行くじゃないですか。そうすると、お父さんはって訊くんですよ。俺は毎回仕事に行ってるって答えるんです。高校までは、それが親父の仕事だと思ってましたから。そうしたら、ああ、こんなになっても、まだ病気は治らないのねって泣きそうな顔をするんです。それが辛くてね」
亡くなった母親の葬儀を出そうにも、家には金がなかった。
火葬をして、小さなお別れ会を開く。それでも十万からの金は掛かる。
父親の財布には現金が詰まっているのは知っていた。
頼むからその金くらいは出してくれと頼んでも、明日のタネ銭だから無理だと断られた。
その言葉に逆上して、父親を殴りつけた。殴って殴って、最後は泣きながら殴った。
もうこの父親とは一緒にいられない。家を飛び出して、友人の家を転々とした。すぐに持ち金が尽きたので、寮のあるパチンコ屋の店員になった。
父親がそのパチンコ屋に客としてやってきたのは、半年後のことだった。
彼は平林さんの前に立つと、右手を広げて見せた。
中指と薬指がなかった。この半年で指を失うような怪我をしたのか。
呆然としている平林さんに、父親は寂しそうな笑顔を見せて言った。
「負けたよ」
父親は、店外でお前の仕事が終わるまで待っていると告げた。そこで久しぶりに一緒に食事をすることにした。
「俺はもうすぐ死ぬ。それでお前に伝えておくことがある」
焼肉をつまみながら、父親は切り出した。
「お前には言ってなかったが、俺は若い頃に賭け事に負けないまじないを受けてな。実際にそれ以来、一度も負けなしだ」
この男は、一体何の話をしようとしているのだろう。
父親はコップのビールを飲み干して続けた。
「そのときは、代償は指二本だって言われたんだ」
ただ、指は後から取りに来ると言われた。いつ取りに来るか分からない。明日かもしれないし、今際の際かもしれない。
「お前も見ただろ。この間、二本目を取られたんだ」
だからもう賭け事は終わりだ。これから先は勝てないんだ。契約が終わったからな――。
ああ、さっきの「負けた」はそういう意味だったのか。
父親が緊急搬送されたとの連絡を受けたのは、それから一週間ほど経った頃だった。
駆け付けたときには既に意識は失われており、ベッドに横たわる痩せた身体からは、チューブが何本も生えている状態だった。
正直、容体は良くない。いつ亡くなるか分からない。あとは本人の気力次第です。
医者はそう告げた。しかし、平林さんは既にもうすぐ死ぬと事前に本人から宣告されている。
本当に自分勝手な男だ。
それでも毎日見舞いに通った。平林さんにとって唯一の肉親だからだ。
父親は死ぬ間際に一度意識が戻った。
すまん。
彼は声にならない声で謝った。
「――寝ている間に、あいつらに言われたんだ。まだお前には貸しがある。お前の妻からも取り立てたが、まだ足りない。だから次はお前の子供から取り立てる――そう言われた
んだ」
そう途切れ途切れに呟くと、ぽろぽろと涙を流した。
彼が次に目を閉じると、すぐに呼吸が止まった。
父親の四十九日が過ぎた頃から、平林さんは、自分の背後を尾けてくる人影があるのに気が付いた。
振り返ると消えてしまう。人間技ではない。
――取り立て人か。
直感した。
それはなかなか近づいてこなかったが、あるときバイクを走らせていると、影が自分を羽交い締めにした。身動きが取れずに、そのまま赤信号の交差点に飛び込んだ。
指はそのときに失われ、左肩の腱も切れたまま繋がっていない。
腕は水平より上がらない。
次に左目の視力が失われたのは突然だった。
駅で電車を待っている間に、黒い影が近づいてきたと思った直後に、耳元で「ぱちん」と呟かれた。
その瞬間に視界が一気に狭くなった。
「親父がどんだけ借りを作っていたか知りませんが、まだ後ろについてきてるんですよ。お祓いをしても効きやしません。霊能者みたいな人にも頼ったことがあるんですが、金が掛かるばかりで何もできやしない――」
業なんですよ。業。母親も親父に殺されたようなもんじゃないですか。
もう死んじまったのを恨んでみても、今更仕方がないんですがね――。
(完)
朗読動画(怪読録Vol.67)
【竹書房怪談文庫×怪談社】でお送りする怪談語り動画です。毎月の各新刊から選んだ怖い話を人気怪談師が朗読します。
今回の語り手は 和泉茉那 さん!
【怪読録Vol.67】夢枕に現れた鬼の腕…それはとんでもない不幸の兆候だった・・・―神沼三平太『実話怪談 吐気草』より【怖い話朗読】
商品情報
- 著者名:神沼三平太
- 発売日:2021/2/27 ※発売日は地域によって前後する場合があります。
- 定価:本体680円+税
- ISBNコード:9784801925601
- シリーズ:その他
シリーズ好評既刊
実話怪談 怖気草
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幽霊・人霊だけにとどまらぬこの世の異談――神仏の顕現、式神、妖かし、憑き物筋など、にわかには信じがたいが確かに存在するモノ、現実に起こった怪事件の数々を著者自らが取材して纏めた異形の実話怪談集!
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幽霊・人霊だけにとどまらぬこの世の異談――神仏の顕現、式神、妖かし、憑き物筋など、にわかには信じがたいが確かに存在するモノ、現実に起こった怪事件の数々を著者自らが取材して纏めた異形の実話怪談集!
著者紹介
神沼三平太 Sanpeita Kaminuma
神奈川県出身、O型。大学の非常勤講師として働く傍ら、趣味で実話怪談の蒐集を始めた。実話怪談コンテスト超-1/2010年大会、稲川賞受賞。第8回ビーケーワン怪談大賞優秀賞受賞。2011年『恐怖箱 臨怪』にてデビュー。主な作品に『実話怪談 毒気草』『実話怪談 寒気草』『実話怪談 怖気草』、「憂怪」四部作『恐怖箱 崩怪』『恐怖箱 坑怪』『恐怖箱 叫怪』『恐怖箱 醜怪』、共著に『追悼奇譚 禊萩』、「恐怖箱 百物語」シリーズ等がある。