【書評】恐怖実話 怪の残響
3月28日発売の文庫『恐怖実話 怪の残響』の書評です。
今回のレビュアーは卯ちりさん!
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目次
書評
とうもろこしの会・会長こと吉田悠軌の実話怪談録最新刊。言わずもがな、今作も国内外で取材・収集された粒ぞろいの怪談はどれも鮮度が高く、調査により怪異が紐解かれ、ひとつの怪談が再解釈される過程に病みつきになる一冊である。
本書において、ルポタージュとしての興味を最もそそられるのは「左手と髪」だろう。奥多摩町でのバラバラ事件とリンクした、異音が聴こえる体験と火傷跡というファジーな怪奇体験を起点に、調査の過程で生まれた髪の毛の謎、事件と因果関係のありそうな幽霊の目撃談、同じ土地での殺人事件の連鎖……。調査をすればするほど出てくる怪情報には驚かされるが、まだ調査は序の口らしい。次回作での続報が待たれる。
また、実話怪談の収集には取材と調査はつきものだが、怪談の面白さは取材と調査の力量に左右されるのではないかという畏怖を、毎度ながら吉田怪談に感じてしまう。一つの怪談に対する調査量のみならず、怪談を解釈するための知識の引き出しが魅力的でもある。
例えば、「白い三角」は、船橋沿岸でのイカの胴体に似た巨大な白い三角錐の目撃談だが、庚申の日の出来事であることから、正体は人魚との推測が導き出されている。「庚申の日に人魚の肉を食べる」伝承と結びつかない限り、「白い三角」はただの奇妙な海辺の幽霊以上の存在にはならないだろう。伝承等のオカルト知識は、多いに越したことはないのである。
また、本書の中でも屈指の邪悪さと業の深さに満ちている「奈落」は、ウブメについての調査の過程で収集された経緯が興味深い。この話を吉田会長本人による語りで聴いた際には、「トンカントンテン」の奇妙な擬音と四つ足幽霊のイメージが鮮烈に残り、また旅先で出会った老人の人怖話という印象が強かった。しかし本書でウブメの解釈とともに再度この怪談を味わうと、この話で唯一観測された小さな怪異、そこに見えただけの「奈落」の闇が、ただただ恐ろしく、最後の一節に背筋が凍る。この話をイベント等で聞いた人も、本書の「奈落」を、今一度読んでいただきたい。民俗資料でもなければ事件記録にも当てはまらず、実話怪談としてのみ語られることになった、貴重なウブメ譚だ。
全35篇、取材して間もない新鮮さもさることながら、謎には検証が入り、曰く付きの場所は調べ上げられることで、説明がつけられないものだけが、誰の目にも明らかに浮かび上がる。信頼に足る実話怪談は、怪談の解像度が高いのだ。
レビュアー
実話怪談の蒐集を2019年より開始。怪談最恐戦2019東京予選会にて、怪談師としてデビュー。怪談マンスリーコンテスト2020年1月期に「親孝行」で最恐賞受賞。