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「カンナリ様」
五十代の女性O田さんは、群馬県前橋市に住んでいる。彼女の趣味は友達と食べ歩きをすることだ。その日も友達と東京へ行き、昼食を食べようと、人気があるカフェへ向かった。店先に順番待ちの客が並んでいたので、用紙に〈O田 二名〉と書いて呼ばれるのを待つ。
しばらくして彼女たちの番が来た。すると男性店員が、
「二名でお待ちのカンナリ様!」
と、まったく別の姓を呼んだ。しかし、該当する客はいなかった。
「あのう、私、O田というんですけど……」
O田さんが名乗ると、店員は非礼を詫びて店内へ案内してくれた。忙しそうだったので、まちがえた理由は聞きそびれてしまった。
昼食後、山手線に乗って別の町へ行き、有名なケーキ店で順番待ちをした。幾つかのケーキを選んで注文したが、O田さんは自分の名前を告げていなかった。待っている客の人数が少なかったので、店員も訊いてこなかったのである。
やがてO田さんの番が来て――。
「次にお待ちのカンナリ様!」
若い女性店員が呼んだのは、またしても別の姓であった。
「えっ!?」
他に待っている客はいなかった。明らかにO田さんの番なので確認してみると、ケーキはすべて彼女自身が頼んだものである。不思議に思ったが、そこへ他の客が来たので、店員がなぜ〈カンナリ〉と呼んだのかはまたも訊きそびれた。一緒にいた友達に訊ねると、やはり〈カンナリ〉という名前を聞いていたそうだ。それなら錯覚とは思えない。
その上、気になることがあった。O田さんは昔、前橋市内のマンションに住んでいたことがあるのだが、隣室には〈神成(かんなり)〉という五十代の男が一人で暮らしていた。神成は、当時小学生だったO田さんの娘が自室でピアノを弾いていると、午後七時前だというのに、
「うるせえっ!」
と、窓を開けて雷のような声で怒鳴る。そんなことが何度もあって嫌になったので、現在住んでいる一戸建て住宅に引っ越したのだ。
それにしても、地元から百キロ余り離れた東京で、しかも別々の町にある初めて行った二軒の店で、なぜかつての隣人の姓で呼ばれたのか……。O田さんはわけがわからず、気味が悪かったという。
★次回は神沼三平太さんです。どうぞお楽しみに!
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