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新黄泉がたり黄泉つぎ
「気配」
瑞穂さんは婦人服関係の会社で事務をしている。勤務中はマンション一階にある部屋を一人で使っている。別の部屋に他の社員もいるが、一人でいる時間が長い。室内には彼女の机の他に、コピー機とロッカー。売れ残った在庫商品の段ボールが積まれている。
窓は二か所あるが、開けたことはない。入社したときには、埃が積もりガラスも汚れていた。日当たりも悪く、大きなゴキブリが大量に出る。あまりいい環境とはいえないが、一人でいられるため気楽だ。
そこに突然、大きなサボテンと鉢に植えられた白い花が置かれることになった。もともとは会社の直営店に置いてあったものだ。
店は繁華街の細い路地を入ったところにあった。
家賃の安い物件が見つかり、若者向けの服を売り始めた。社長が一度は自社の商品のみを扱った店がやりたいと言って始めたことだが、売り上げがよかったのは開店特別セールをやったときくらいだ。
会社全体の売り上げも落ちてきている。その状況で、店を続けるのは難しいとなるまで早かった。だからといって、すぐに閉店というわけにもいかない。契約のこともある。
社長が困っていると知り合いが声をかけてきた。話し合いの末、そちらに又貸しする形で一旦店は終いと決めた。
閉店後に残った商品は、瑞穂さんの部屋に段ボールに詰められたまま置かれた。店内に多数あった植物は、レンタルだったため戻した。
残ったのが、サボテンと白い花の鉢植えだ。
瑞穂さんは植物にあまり詳しくないし、興味もない。恐らくサボテンは「柱サボテン」。花の方はよくわからない。白くて小さな花がたくさん咲いている。わざわざ調べはしなかった。
彼女のところに運ばれてきたとき、サボテンは半分より上の部分が切られていた。
「会社の車に乗せられないから、真ん中を切った」
店の店長だった男が雑な説明をした。もとは一メートルほどの高さがあったと思われる。捨てるのは勿体ないから運ぼう思ったのはわかるが、酷いことをするものだと瑞穂さんは思った。
切られたサボテンは彼女の机のすぐ隣に置かれ、少し離れたところに白い花の鉢植えが置かれた。
部屋にサボテンと白い花が置かれるようになると、仕事中に背後で人の気配を感じるようになった。
(誰かが、後ろを通り抜けている)
入り口に鍵はかけていない。この部屋のドアも開けっぱなしだ。コピー機を使うために社員が来ることがあるからだ。
人の気配がして背後を確認するが、誰もいない。気のせいかとも思ったが、床に敷いてあるマットの上を人が歩く音がした。
彼女の机の前の壁に、大きなコルクシートがある。仕事に関する連絡事項やカレンダーが貼ってあるのだが、そこの一番下のところに小さな手鏡をぶら下げていた。鏡の持ち手のところには穴があり、そこに紐を付け画鋲で留めた。化粧の崩れ具合を見るのにちょうどいいと使っていたものだ。
自分の背後を確認するためのものではなかったが、気配がするとつい鏡を見てしまう。誰も背後にはいないと少しほっとする。
そんなことが何度か続いた。
ある日。
店で販売をしていた女性がコピー機を使いたいと部屋にやって来た。閉店後、別の部署に社員として残った人だ。店長だった男性と彼女以外は、会社を去っている。
女性はコピー機を使い始めてすぐ、サボテンと白い花があることに気づいた。
「あぁ」と小さな声を漏らす。嫌なものを見た言い方だ。どうかしたのかと瑞穂さんが声をかける。
「それ、ここに来ちゃったんですか。最後にスタッフ総出で店の片付けをしたときのことを思い出しちゃいましたよ」
瑞穂さんが気になり何のことかと尋ねると、口止めされるようなことでもないからと教えてくれた。
店の閉店が決まり、商品を運び出した後。
大きなサボテンと白い花の鉢植えが店に残った。サボテンは開店の際に、社長の知り合いが贈ったもので、白い花は他の祝いの花と一緒に置いてあったものだ。どちらも処分しろとは指示されていない。片付けの最後に、本社に運ぼうという話になった。
販売担当の女性達は、商品が消えた店内を簡単に掃除していた。
そのときだ。
「ここにノコギリとかって、なかったですか」
サキさんという、店で一番色が白く可愛いと評判の女性が声を上げた。今、ここでノコギリを何に使う気なのか。その場にいた全員が首を傾げた。
店長が「ノコギリはない」と伝えると、サキさんは一度裏に引っ込んだ。暫くしてから、大きめのカッターを持って戻ってきた。
サキさんはサボテンの中央部分に刃を当てると、無言で切り始めた。
(この人、何やってるの……)
その場にいた全員の動きが止まった。すぐに「危ないからやめた方がいい」と皆で声をかけた。
「こっちは私がやるんで、大丈夫です」
任せてくださいといった表情だ。
止めるのも聞かず、サキさんはサボテンを切り続けた。最後に「終わりました」と笑顔で報告してから切り終わったサボテン上部ポイっとゴミ袋に放り込んだ。
彼女は手を怪我したようで、少し血が出ていたが気にしていなかった。
サボテンが切り終わってからサキさんは白い花の方も見たが、そちらには手を出さなかった。
予定では有休を消化してからサキさんも本社勤務の予定だったが、病気を理由にそのまま現れなかった。
「サボテンを無言で切る姿が、とても怖くて。動きは元気なのに、目はぼんやりしてるというか……」
女性は後でサキさんが病気と聞いて、妙に納得してしまったという。
店がオープンして暫くは特に変わったこともなかったが、売り上げが落ち始めた頃から「閉店後になると、人が一人増える気がする」と販売員達の間で囁かれた。
──店内の電気を消すと、白い花の横に誰かぽつんと立ってる。
そこまで話し終えると、コピーが終わったと女性は部屋から去った。
「会社の車に乗せられないから、真ん中を切った」という説明は、店長がサキさんのことを隠したようだ。
その後。部屋の中は更に増えた在庫の段ボールが積まれ、狭くなった。
「ここは狭いし、日当たりも悪いから花がかわいそうだ」
適当な理由をいって、サボテンと花を別の部署に引き取ってもらえないかと頼んだ。それからすぐに、鏡は持ち手のところにひびが入り、ストンと下に落ちて割れた。
サボテンはすぐに持って行ってもらえたが、白い花の方は残った。
その後。彼女が帰宅してから無人になった部屋に、コピー機を使いに来た社員が「部屋に誰かいた」という話をするようになった。
──サキさんに似てた。
暗い部屋の中。白い花の横に、サキさんが立っている。明かりを点けるといない。見間違いかもしれないが、気味が悪い。
そんな話が社員達の間で広がり始めると、そういった話が嫌いな社長が禁止令を出した。それでも妙な話は絶えず──。
やっと白い花が運び出された後。瑞穂さんの仕事部屋は完全に倉庫として使われることが決まった。
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「新・黄泉がたり黄泉つぎ」では当月の作家さんが来月の作家さんへ「お題」を出します。
来月の方はその「お題」にそった実話怪談を披露していただくことになります。
誰がバトンを受け取ったかは更新までのお楽しみ!
第3回・服部義史さんからのお題は「花」でした。いかがでしたか?
さて、第4回・橘百花さんからのお題はこちら!→「川」
どうぞお楽しみに。