新黄泉がたり黄泉つぎ

「絶望」幽木武彦

棚橋さんという、四十代なかばのお客さんから聞いた話だ。
主婦の棚橋さんには、弟さんがいた。
名は、裕二さんとしておこう。
裕二さんは、今から十五年ほど前に、鬼籍に入った。
「ある女の人を好きになってしまって。でもその人、『私が好きになる人はみんな死んでしまう。だから、人を愛することが怖いの』と言って、弟の求愛をかたくなに拒みつづけたんです」
棚橋さんは、そう言った。
弟さんが恋をした女性は、知子さんとしておく。
浮世離れした美しさを持つ、はかなげなか細さが父性本能をくすぐった。
白い小顔に、抜けるように白い肌。
ストレートの黒い髪。
男なら誰もが心ひかれずにいられない、魔性めいたものまで感じさせた。
イタリア料理のシェフだった裕二さんは、そんな知子さんに惚れた。
料理の腕に、自信があった。
あるときついに念願かない、裕二さんは自分が働く休日のレストランに、知子さんを誘うことに成功した。
「自慢の料理をふるまって、彼女を歓待したらしいんです。そうしたら彼女も、そんな弟に、とうとう根負けして……料理の腕にも負けたのかしらね」
――おいしい。おいしいわ、裕二さん。
知子さんは感激した様子で、裕二さんの料理に夢中になった。
結局それがきっかけとなり、閉ざしていた心を徐々に開いて、知子さんは彼との距離を縮めはじめた。
裕二さんは愛する人の胃袋をしっかりとつかむことで、その心まで手に入れたのだ。
興味が湧いた私は、知子さんの生年月日を棚橋さんに聞いた。
調べてみると、思ったとおり人体図の主星は「鳳閣星」だった。
「鳳閣星」はグルメの星。ことのほか、うまいものに弱い。
――おいしい。おいしいわ、裕二さん。
それからも、裕二さんことあるごとに料理をふるまった。
お店で、知子さんの家や彼の家で。
料理に心奪われることで、知子さんは少しずつ変わっていった。
だが――。
「『好きになってはいけないの。絶対に悪いことが起きる』って……やっぱりずっと、その人、苦にしていたらしいんです。でも弟は、心配する私に『俺、死んだっていいんだよ、姉さん。彼女と一緒になれるなら』なんて、さらにのめりこんでしまって」
裕二さんには、料理人としても一人の人間としても尊敬する、谷口さんという先輩シェフがいた。
二人の子供ときれいな奧さんを持つ、快活な男性。
交際をはじめた知子さんのことを、裕二さんは谷口さんにも、もちろんすぐに紹介した。
谷口さんは、二人を祝福してくれた。
彼が家族とともに暮らすマンションにも裕二さんたちは招待され、谷口家のみんなと楽しく過ごすようなこともした。
「でもね……『苦しい。苦しい。このままじゃいけないの』……二人の仲が深まれば深まるほど、やっぱり知子さんはよけいそんな風に苦しんで。どんなに弟が『俺は死なない。絶対に死なないから』と約束しても、泣きながら半狂乱になったりしたらしいんです」
そして。
そんなあるとき、谷口さんが死んだ。
運転していた車が、高速道路で事故のまきぞえにあった。
七台一緒の玉突き事故。
いちばん被害が大きかったのが、谷口さんの車だった。
グチャグチャだった。
車も、谷口さんも。
裕二さんは悲嘆に暮れた。
だが、悲嘆になど暮れている場合ではなかったのだ。
今度は知子さんが首をくくった。
谷口さんが死んでから、一週間も経っていなかった。
「『谷口さんが死んだのは私のせい』って、友達の前でパニックになっていたらしいの。意味……分かりますよね?」
信じていた恋人が死に、彼女の言葉が意味するところ――自分の知らないところで、こっそりと何が起きていたかを知った裕二さんは、自ら命を絶った。
高層マンションから飛び降りた。
死に場所に選んだのは、谷口さんのマンションだった。
息絶えた裕二さんは血の海の中で、笑っているように見えたという。

 

 

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人気作家書き下ろし怪談リレー「黄泉がたり黄泉つぎ」が新しくなりました!
「新・黄泉がたり黄泉つぎ」では当月の作家さんが来月の作家さんへ「お題」を出します。
来月の方はその「お題」にそった実話怪談を披露していただくことになります。
誰がバトンを受け取ったかは更新までのお楽しみ!

第5回・橘百花さんからのお題は「食」でした。いかがでしたか?
さて、第6回・幽木武彦さんからのお題はこちら!→「猫」
どうぞお楽しみに。

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