新黄泉がたり黄泉つぎ

「この事案、進行中につき」加藤一

 二〇一九年の五月に、大阪駅で飛び降り自殺があったのを憶えているだろうか。
 女性が飛び降りた瞬間を撮影した動画は、たちまちSNSで拡散してしまった。動画はすぐに削除されたが、それを見たという人もいたのではないかと思う。
 大阪と言えば、難波や梅田、千日前などなど、繰り返し事件や事故が起きたり、目撃騒ぎが囁かれたりするスポットが点在しているが、件の大阪駅の近辺にも元々そういう素地はあったらしい。あの駅の北側に百メートルも離れていない場所は大阪七墓のひとつで、貨物線があった頃には、やはりその……何と言うのか〈噂〉が絶えない場所として地元では有名だった。
 そんなこんなで、騒ぎになっていることを知った桃木さんは、休前日の晩に現地まで足を運んでみた。飛び降り自殺の野次馬をしに行ったわけではなく、自殺防止のセキュリティがどうなっているのかが気になったのだ。柵やらフェンスやら、そういった防護措置が施されていない、飛び降りの穴場だったのか。それとも、そうした防護措置があって、尚それを乗り越えてしまったのか。
 申し訳程度に花束が積まれた現場から駅ビルを見上げてみたが、結局のところ専門的なことは分からずじまいだった。
 方々歩き回って大阪駅周辺の因果のありそうなポイントに足を運び、夜半に自宅に辿り着いた。
 寝床に潜り込んだのは深夜二時を回っていたと思う。

 ――突然、目が覚めた。
 夜明けにはまだまだ早く、室内は薄暗い。
 と、寝床に横たわる自分の目前に、誰かの足が見えた。
 靴下を穿いた女性の足である。
 それが、自分の頭を跨いでいったのだ、と分かった。
 視線の先に掛けてあった時計を見ると朝四時の少し前くらいである。
 自分を跨いでいった女が向かった先を見たが、部屋の壁があるばかりで人の姿はない。
 それ以上は何も起きなかったので、そのまま寝直した。
 翌日、だいぶ明るくなってから目が覚めた。
 しかし夜半に確認した時計は四時前で止まっていて、スマホで確かめた正確な時間によれば既に正午を過ぎていた。

 翌日の晩。
 やはり深夜に目が覚めた。
 前夜と同じ時間である。
 薄暗い室内に、再び女の足。
 前夜と同じ靴下を穿いている。
 今夜は頭を跨がず、ただ室内に立ち尽くしているだけのようだが、自分の目前にいるので足しか見えない。

 大阪駅で飛び降りた自殺者は若い女性だったと報じられている。
 その女性が憑いてきてしまったのか、それとは無関係の何かなのか、自分に昔から憑いている誰かなのか、通りすがりの誰かなのか、うっかり霊道を歩いて引っ掛けてきてしまったのか、そこのところはまだ分からない、という。

「今のところオチになるようなことは起きていないので……自分が音信不通になったらそれがオチってことでゴメンやで、っていうことで」
 桃木さんは〈進展があれば続きを報告します〉とは言ってくれた。
 二〇一九年五月六日から始まって五月十日の時点で聞いた話なのだが、今のところ続報はない。

★次回は戸神重明さんです。どうぞお楽しみに!

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