新黄泉がたり黄泉つぎ

「鼻血」神沼三平太

 藤本さんは都心に通うOLである。彼女は会社からの帰宅途中の道を急いでいた。もう時刻は二十二時を過ぎている。
 すると突然、眉をひそめるようなひどい悪臭が鼻腔を満たした。
 顔面の内側に粘着質な悪臭の塊を突っ込まれたようだ。だが、一歩進むだけでその悪臭は消えてしまう。
 今のは何だったのか。
 気になった藤本さんは、立ち止まって踵を返した。
 やはり酷い臭いだ。しかし、二、三歩でその臭いは消えてしまう。
 納得できないので眉間に皺を浮かせながら、その場で何度か往復し、周囲を見回したが、どこからその臭いが漂ってきているのかもわからない。
 道を見えない悪臭の帯が横切っていると結論づけ、彼女は首を捻って帰宅した。

 帰宅して、まずはシャワーを浴びようと、脱衣所の鏡に映る自身の顔を見て慌てた。
 鼻血が出ている。それも両方の鼻孔から滴っている。
 鏡に顔を近づけると、ポタリと洗面台に赤い雫が落ちた。
 するとそれはもぞもぞと動き始めて、周囲に散らばっていく。
 何事かとよく見ると、それは米粒よりも小さな赤黒いつやつやとした甲虫だ。ティッシュを掴み、片端からその赤黒い粒を仕留めていく。
 次々と仕留めていく途中で気づいた。
 ティッシュが赤く染まっており、そこから先ほどの道で嗅いだ吐き気を催す悪臭が立ち上っていく。
 脱衣所の臭いは、換気扇を回しっぱなしにしても、一週間以上取れなかった。

★次回は内藤駆さんです。どうぞお楽しみに!

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