マンスリーコンテスト 2019年5月結果発表

怪談マンスリーコンテスト

ー 怪談最恐戦投稿部門 ー

2019年5月結果発表

最恐賞
製本屋鬼志 仁
佳作
「カレーの中辛」かご さんぞう
「過去からの執着」音隣宗二
「囁く声」雪鳴月彦

「製本屋」鬼志 仁

 都内で製本屋をやっているEさんから聞いた話。
「出版不況で仕事が減って困っていたんです。で、あんな仕事を受けてしまって……。悔やんでも悔やみきれないです」

 数年前、Eさんはホームページを作って個人からの注文を受けるようになった。
「1冊単位で作りますって謳(うた)ったら、ちょこちょこ仕事が来るようになりましてね。自伝や同人誌、結婚式の引き出物用とか。ただ、手間が掛かる割には儲からなくて」
 そんな時、メールで注文が来た。原稿が添付されていて、文庫本1冊くらいのボリュームだったという。発注者は30代の女性だった。
「添付ファイルを開いてみると、縦書きで、自分を捨てた男への恨み辛みが延々と書かれていたんです。いつもならお断りするんですが、規定の倍払うと言うし……。ちょうど、うちの娘がシングルマザーで出産を控えていまして何かと物入りだったので、つい受けてしまったんです」
 希望部数はたったの2冊。男に送り付けるつもりなのは分かっていたが、仕事だとEさんは割り切った。
 その後、Eさんが『そういう本』を出してくれるという噂が広まったらしく、コンスタントにそっちの仕事(Eさんは『裏の仕事』と呼んでいました)が来るようになった。
「裏の仕事のお蔭で業績が改善して、生活に余裕が生まれました。あの頃が一番良かった時期だったんですよ」
 ある日、20代の女・Rから裏の仕事が来た。自分の恋人を奪い結婚した女への恨みが、400字詰め原稿用紙200枚ぐらいの量で書かれていたという。
「添付ファイルに自分で描いたと思われるイラストまでありました。相手の女性の手足がバラバラになった絵や、首から派手に血がふき出している絵とか……」
 ただ発注部数が変だった。
「219部。どうしてこんなに中途半端な数字なんだろうと思いましたけど、規定の3倍払うと言われたので受けたんです」
 完成した本を送ってから数週間後、Eさんのもとに刑事が訪ねて来た。
「Rは恋人を奪った女が妊娠したと知ると、あの本を毎日、相手の家の郵便受けに入れていたんです。そうやってプレッシャーを与え続けて流産させるつもりだったんです。219は出産予定日までの日数だったというわけですよ。結局、悲劇が起きる前に、警察に捕まりましたけど」

 Eさんはそれ以来、裏の仕事は一切していないという。

「ほぼ同じ時期に娘が出産したんですが死産でした。絶対、私のせいですよ……」
 そう言ってEさんは肩を落とした。

総評コメント

 5月のお題は「本に纏わる怖い話」。書名は伏せてあるものの、実際に流通している本から、自家製本と思われるもの、そして“この世に存在するか定かではない本”まで様々な怪異譚が寄せられました。この中で、「この世のものではないかもしれない本」に纏わる怖い話は、実話であることをどう読み手に訴えるかが最大の課題となります。実在を証明できないものはどうしても嘘っぽく聞こえがちですが、嘘だという証拠もまたありません。丁寧に描写し、自身が感じた恐怖を誠実に伝えることでリアリティは生じます。筆者(語り手)が実際にその本を目にしている(手にしている)にも拘らず、その本の描写が浅い作品が多く、勿体なく感じました。色は描写しているのですが、手触りや匂い、持った時の重みなど、さらに踏み込んた表現が欲しかったと思います。それによって受ける印象がだいぶ変わってくると思います。
 最恐賞は、人間の心の闇と因果応報を匂わせる「製本屋」。佳作は、実際に存在するとある本と怪談会に纏わる話を扱った「カレーの中辛」、祖母の遺品から出てきた自家製本と思しき本の謎と怪奇「過去からの執着」、空家の押入れにあった本から声が聞こえる奇談「囁く声」の3篇。その他最終選考に「薬井さん」「証拠隠滅」「忌書:大陸から持ち帰った書物」が残りました。
 さて、次回は梅雨の時期ということで「水」に纏わる怖い話。ストレートに水路、水道、井戸、川、雨、斜めに狙って水商売、水玉模様などなど、切り口は色々あるかと思います。皆さまの怖い実話お待ちしております。

現在募集中のコンテスト

【第70回・募集概要】
お題:草木に纏わる実話怪談

締切 2024年04月30日24時
結果発表 2024年05月15日
最恐賞 1名
Amazonギフト3000円&文庫収録のチャンス
優秀賞 3名
竹書房怪談文庫新刊3冊セット
応募方法 下記「応募フォーム」にて受け付けます。
フォーム内の項目「件名(作品タイトル)」「投稿内容(本文1,000字以内)」「メールアドレス」「本名」「ペンネーム」をご記入の上ご応募ください。 応募フォーム

お問い合わせ kowabana@takeshobo.co.jp