マンスリーコンテスト 2020年10月結果発表

怪談マンスリーコンテスト

ー 怪談最恐戦投稿部門 ー

2020年10月結果発表

最恐賞
彩りの森緒音百
佳作
「未来予想図。」音隣宗二
「慰め」soo
「死体探し」乱夢
「樹海のフィルム写真」ふうらい牡丹

「彩りの森」緒音百

 五十代半ばの原さんが大学時代に体験した話。

 若い頃から自然が好きだった原さんは、大学の春休みに富士五湖を巡る旅に出発した。途中、富士の樹海も旅程に入れていた。

 樹海には今まで訪れたどの森林とも違う独特の雰囲気があった。千年以上前に一帯を覆った溶岩の上に木々が群生しているのだというから、自然の力強さを感じずにはいられない。平日だからか、辺りに人気はなく、原さんは樹海をひとりじめしている気分を味わった。

 ふと、遠くに木から垂れ下がるなにかが目に入った。リボンのようだ。はっと辺りを見回すと、あちこちの木の枝からリボンがぶら下がっている。赤青黄色。緑ピンクオレンジ。色とりどりのリボンは鮮やかで、風にひらひらと揺れ、木漏れ日にきらきらと光る。自然と人工物の融合が幻想的に感じられた。

 立ち止まって眺めていると、奥から、囃子の音が聞こえてくる。とんとんとんと軽快な太鼓のリズム。しゃんしゃんしゃんと鈴の音。べんべんべんと弦楽器の音。しゃららららと流れるような楽器の音。ちん、ちん、と鐘の音。

 三人組の和装の男女が各々の楽器を鳴らしながら練り歩いてくるのだった。どの人も顔を白く塗り、赤い紅を引いている。先頭のひとりは赤色の和傘を差していた。

「ちんどん屋か? こんな森の中でなぜ?」と頭に浮かんだ疑問に、原さんは自分で答えを出した。

 ――慰霊かもしれないな。

 ここは観光名所でもあるが、自殺の名所でもあると聞く。こんなに美しい森なのに。いや、美しい森だからこそ、なのだろう。

 口上や歌声は聞こえず、ただ寡黙に、軽快なリズムが森中に響く。囃子を聞いているうちに原さんは胸があたたかくなった。なんと良い場所なんだろう。ここが極楽だろうか。自分もいずれはここで最期を迎えたいなあ。

 ちんどん屋が原さんの前を通り過ぎるとき、先頭のひとりが原さんに顔を向けて小首を傾げた。原さんは嬉しくなって小さく手をあげた。原さんは彼らの姿が見えなくなってもその場から動けず、音楽がまったく聞こえなくなるまで、じっと耳を傾けていたという。

 旅の途中で、原さんは色んな人に見たままを話した。しかし誰もそんなもの見たことも聞いたこともないという。

 この不思議な体験を絵に描いて残そうとしたこともあったが、どうしても記憶の美しさには勝てず、絵は諦めることにした。時々こうして人に話すことで記憶が薄れないようにしているのだそうだ。

総評コメント

 10月のお題は「樹海」。圧倒的に青木ヶ原の樹海の投稿が多く、やはり自殺者の霊と絡めた怪談が半数をしめました。その中で、最恐賞は異色さが際立った「彩りの森」。心霊譚ではないので、異談、奇談のカテゴリーに入る怪談ですが、体験者の心情などが実は空恐ろしく感じる部分もあり、面白い作品でした。
 佳作は甲乙つけがたく、今回は4作品を選ばせていただきました。「未来予想図。」は樹海が見せた幻影に纏わる話ですが、怪と同時に人間を描いている作品。「樹海のフィルム写真」は怪異の内容、結びとしてはオーソドックスですが表現に優れ、リアルな雰囲気が伝わってくる作品。「死体探し」はテンポがよく、掌編怪談としての纏まりに優れた作品。「慰め」は丁寧に描いているのが伝わってくる構成で、誠実さがにじむ作品でした。
 他にも読み応えのある作品をいくつも寄せていただきましたが、今回は最終選考以上に残りました8作品を特別賞として1月21日発売予定の「実話怪談 樹海村」に収録させていただきます。※受賞者の方にはおって、ご連絡させていただきます。
 今月はドラマティックな展開になる作品にリアリティをもたせるのに苦戦しているケースが多々見られました。作り話だと思われそうな内容を信じさせるにたる描写は非常に難易度が高く、なかなかそれをクリアしてくる作品はありません。書き手にも驚く気持ち、こんなことがあったのだという興奮はあると思いますが、そこはあえて冷静に疑う目線で一度内容を俯瞰し、その上で信じてもらえまいが……という気持ちで落ち着いて綴るほうが結果的には驚きや恐怖感は生々しく伝わります。書き手が興奮したまま、なんと!じつは!~だったのだ!と勢いで綴ると、読者は置いてきぼりになり白けてしまうからです。
 また、ドラマティックさを狙うあまり、視点が頻繁に入れ替わると創作小説めいてきてしまうのは否めません。基本的には聞き書き恐怖譚で、1人の人間に取材した伝聞であるならば、その取材相手(体験者)の心情のみを表現するべきです。事件を再現して書く中で、同行者のセリフは書くことができますが、言葉にしていない心の裡までを断定して書くことはできません。それはもう創作の域に入ってしまいますし、たとえ小説だとしても視点の統一は必要です。①何気ない怪異を読みごたえのあるものに仕上げる、②ドラマティックな怪異をさらりと伝える、どちらもそれぞれに難しいですが、手に入れたネタを最善の方法で調理し、忘れがたい味に仕立てあげるのが書き手たる料理人の腕の見せ所です。ネタ×書き手の化学変化、皆様それぞれのオリジナルの味を今後も期待しております。
 さて、来月のお題は「村」と「犬鳴」。山村、漁村、寒村、廃村……広く「村」という小さな共同体を舞台にした怪異譚を募集します。同時に、映画「犬鳴村」にちなみ、「犬鳴」絡みの実話怪談を並行募集します。こちらは、都市伝説となっている犬鳴村のほか、新旧犬鳴トンネル、犬鳴ダム、犬鳴峠、など「村」に限らず「犬鳴」周辺での怪異を募集します。「犬鳴」部門のみ、特別賞として1月発売の文庫「実話怪談 犬鳴村」への作品収録(最終選考作品以上を対象、印税支払い有)がございます。「村」「犬鳴」ともにふるってご参加くださいませ!

★最終選考通過作品 ※1月発売文庫「実話怪談 樹海村」に収録
「死体探し」乱夢
「慰め」soo
「樹海のフィルム写真」ふうらい牡丹
「彩りの森」緒音百
「見知らぬ男の夢」月の砂漠
「ない」大坂秋知
「未来予想図。」音隣宗二
「ズレて見える」ふふふ

★二次選考通過作品
「死体探し」乱夢
「慰め」soo
「樹海のフィルム写真」ふうらい牡丹
「呼ばれている」青葉入鹿
「ヤラセ」鬼志仁
「彩りの森」緒音百
「呼ばれる」おがぴー
「闇に光る眼」おがぴー
「見知らぬ男の夢」月の砂漠
「自殺志願者」月の砂漠
「ない」大坂秋知
「樹海の人」雪鳴月彦
「未来予想図。」音隣宗二
「ズレて見える」ふふふ
「土から生えるモノ」影絵草子

現在募集中のコンテスト

【第76回・募集概要】
お題:運動会・体育祭に纏わる怖い話

締切 2024年10月31日24時
結果発表 2024年11月15日
最恐賞 1名
Amazonギフト3000円&文庫収録のチャンス
優秀賞 3名
竹書房怪談文庫新刊3冊セット
応募方法 下記「応募フォーム」にて受け付けます。
フォーム内の項目「件名(作品タイトル)」「投稿内容(本文1,000字以内)」「メールアドレス」「本名」「ペンネーム」をご記入の上ご応募ください。※創作不可。作品中の地の文における一人称は投稿者ご本人と一致させてください。 応募フォーム

お問い合わせ kowabana@takeshobo.co.jp