マンスリーコンテスト 2019年6月結果発表

怪談マンスリーコンテスト

ー 怪談最恐戦投稿部門 ー

2019年6月結果発表

最恐賞
とぷん春南 灯
佳作
「水を清めよ」井川林檎
「床をさする祖父」斉木京
「天気雨」秋元円

「とぷん」春南 灯

 飛沫をあげ、轟々と滝壷に吸い込まれてゆく。
 掴まる柵が無ければ、すっと身体を引き込まれてしまいそうだった。
 滝を囲む様に、自然と形成された崖の先端に沿って設置された黄色い柵は、ところどころ塗装が剥がれ腐食している。
 両手に、ぐらつきを感じた途端、柵への信頼はゼロになり、急いで数歩下がった。
 なんとなく辺りを見回すと、柵の左端に立つ女性に気が付いた。
 黒いワンピースに身を包んだその女は、花束を踏みつけ滝を眺めている。
 足元の花束が気になって様子を窺っていたが、長い黒髪に隠れ表情が見えない。

 ――そろそろ帰ろうかな。

 滝に視線を移した直後、視界の隅で、女がしゃがみ込んだ。
 急いで視線を戻す。
 不意に、柵の前に置いてあったカップ酒を手に取り、一気に飲み干すと、滝に向かってカップを投げた。
 そのまま躊躇う素振りもなく、柵を乗り越え、崖下に姿を消した。

 とぷん

 後を追うように、小さな水音が響いた。
 音の大きさに違和感を覚えたが、崖下を覗きこむことは出来ない。

 ――警察! 救急車!

 慌ててバッグの中を探ったが、スマホが見当たらない。
 車へ戻ろうと踵を返し、息を呑んだ。

 ――え?

 駐車場へ続く遊歩道に、崖下へ飛び降りた女の姿があった。
 歩く速度で此方に向かってくるが、女の両足は全く動いていない。

 ――来ないで、来ないで、来ないで、来ないで!

 念仏を唱えるように、心の中で繰り返す。
 女は、此方には目もくれず、あっという間に目の前を通り過ぎていった。
 そうして先刻佇んでいた柵の前に立つと、再び、倒れた花束を踏みつけた。

「女が、私の前を通り過ぎた時、顔が見えたんです。私と同じ顔でした。この黒子の位置も同じで……」

 佐和さんは、目元の大きな黒子を指した。

 あの女は未来の自分なのでは――。

 目にしたことを、思い出せば思い出すほど、不安でたまらないそうだ。

総評コメント

 梅雨時ということで「水」に纏わる怖い話をテーマとした今回、かなりの数のご応募をいただきました。書きやすいテーマというのもあるかもしれませんが、それ以上に水のあるところには霊が集まる……〈そういう話〉が多いという証明のようにも思われました。
 最恐賞は、滝が現場となった実話怪談。ループする霊の目撃談は数多く見られますが、それだけでない終わり方に不気味さを感じました。佳作は、神社の手水舎に纏わる話「水を清めよ」、自宅の床下にあった井戸の話「床をさする祖父」、水死した友人の葬儀帰りの奇譚「天気雨」の3作。最終候補には「親戚筋」(かごさんぞう)「風呂場と裏の樹」(夢野津宮)「ピチャピチャ」(雪鳴月彦)「H市最安値ホテル」(TAKA)「ある姉妹と偶然の一致」(まきんこ)が残りました。
 恐怖をどう伝えるか。書き手には、実際に恐怖を体験した人から一歩離れた公平な視点を持つことが求められます。自身の体験を書く場合であっても、体験当時の心境から少し距離を置いて見つめなおすことが大事で、そうした冷静な観察者の視点をもってしてもなお不可解な事象こそが怪であり、読者に〈恐怖〉として捉えられるものであると思います。体験者の心情にシンクロしすぎて、「なんと~だったのである!」「恐ろしすぎるではないか!」など、主観を押し付けるような書き方をしてしまうと、読者にとっては興ざめになりかねません。また、こじつけ(決めつけ)は好ましくありませんが、適切な推量を示すことはおおむね効果的です。実話ですからすわりの良いオチがつくことは稀です。しかし、因果が推測される場合はそれをひとつの可能性として提示したほうが、読み手の気持ちはすっきりします。今回はやや放り投げ感のある話が多かったように思いますので、実話の誠実さとともに読み物としての面白さも追究していくと完成度があがってくるでしょう。
 次回7月のお題は夏休みにちなみ「子供」。幼少期の思い出、子供の霊、我が子に纏わる怪、様々な恐怖をお待ちしております!

現在募集中のコンテスト

【第70回・募集概要】
お題:草木に纏わる実話怪談

締切 2024年04月30日24時
結果発表 2024年05月15日
最恐賞 1名
Amazonギフト3000円&文庫収録のチャンス
優秀賞 3名
竹書房怪談文庫新刊3冊セット
応募方法 下記「応募フォーム」にて受け付けます。
フォーム内の項目「件名(作品タイトル)」「投稿内容(本文1,000字以内)」「メールアドレス」「本名」「ペンネーム」をご記入の上ご応募ください。 応募フォーム

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