マンスリーコンテスト 2023年6月結果発表

怪談マンスリーコンテスト

ー 怪談最恐戦投稿部門 ー

2023年6月結果発表

最恐賞
「蛇精の菊」多故くらら
佳作
「狸の上」ホームタウン
「川釣り」浦宮キヨ
「いよる」猫科狸

最恐賞「蛇精の菊」多故くらら

 Yさんの祖父は菊作りの名人だった。「菊は肥やしが命だ」と言い、膨らみ始めた小さな蕾を子供の頭ほどの見事な大輪に仕上げる力のある、特製の肥料を使っていた。
 当時、まだ幼稚園だったYさんは祖父の家へ行くと、丸々とした白菊のダルマ作りが咲き誇る庭で、菊の挿し芽をして遊んだ。祖父が肥料小屋に籠ってしまうと、祖母のいる台所へ行く。台所には背の高い大きな漬け物樽があった。その日も祖母が白菜を漬けるのを見ていると、ふいに来客があり「ちょっと待っててな」と祖母は中座した。暗い土間で一人になると天井の梁の方から何か、視線を感じた。見上げると細い白蛇がいる。真珠色に光る体をくねらせ、Yさんを見下ろしていた。〈もっと近くに下りてこないかな〉と棒を探すが見つからず、蛇の気を引こうとカン高い声で「キィーッ!キィーッ!」と叫んでみた。その途端、蛇は八の字にくねりながら漬け物樽の中へ落ちてしまった。すぐに這い上がるだろうと見守っていたが、物音一つしない。そこに祖母が男衆を連れて戻り「お願いしますねぇ」と促すと、男三人がかりで「せーのっ!」と大きな重石を樽にのせて、蓋をしてしまった。Yさんは白蛇の事を言い出す暇もなかった。しばらくして祖母から白菜漬けが出来たから送ると電話が来た。Yさんは恐る恐る電話口で「白菜の中に白い蛇はいた?」と聞いてみた。祖母が息を呑む気配がしたあと、祖父に電話を替わった。
 改めて事情を話すと「これも定めだな」と急に大人に話すような口調になって電話は切れた。この後、祖父は脳卒中で倒れ、亡くなった。倒れる直前には精進潔斎し、敷地内にある蛇神の祠に白衣で土下座をしていたという。後年、Yさんは父親から蛇に纏わる謂れを聞いた。菊作りが趣味の先祖が唐の名人から『菊にはブリやニシンより精の強い蛇を使うと良い』と教えられた。山蛇を狩り、黒糖に漬けて液肥を作ると白蛇神が夢に現れた。
 秘伝と引き換えに、蛇の殺生をやめるように諭され、子々孫々に至るまで蛇を殺さない証しに祠を建てたという。
 肥料小屋の甕を開けると、半分に割った猿の頭が琥珀色に溶けていた。
 祖父の死後、Yさんは凄まじい声で喚く猿の群れに八つ裂きにされる夢をもう何十年も見ている。祖父は自分の身代わりになってくれたのだと思っていたが、夢の中の祖父は菊の花園で白蛇を撫でながら猿に喰われるYさんを見て、満足げに笑っているそうだ。

総評コメント

 投稿瞬殺怪談特別企画の後の通常回でしたが、たくさんのご応募をいただき選考にお時間がかかりましたことまずはお詫び申し上げます。
 6月のお題は「妖(あやかし)」ということで、妖怪から神的な存在まで、人霊以外の得体の知れぬ怪奇話がたくさん寄せられました。
 最恐賞は「蛇精の菊」多故くらら。ひと言で言えば、蛇神の呪いに纏わる話ですが、ドラマチックな展開、結びの怖さを含め読んでいて満足感の高い怪談でありました。佳作1作目には「狸の上」ホームタウン。子供らの目に見えた怪異、謎の多い話で答えは見えてこないのですが不思議とリアリティがあり、日常世界に潜む怖さがよく出ていたと思います。2作目は「川釣り」浦宮キヨ。山で狐に化かされた話と思いきや、最後まで読むとそれ以上に恐ろしい話であることがわかってくる構成に優れた作品でした。3作目は「いよる」猫科狸。こちらはナメクジのような得体の知れぬモノの怪の話ですが、一度事態は収束したかに思えて、どうもそうではないらしいと思わせるラストが何とも不気味な一作でした。
 以上4作を受賞とさせていただきましたが、今回は一次選考以上に素晴らしい作品、興味深い話が盛りだくさんで、ハイレベルな大会でありました。集まった話としては、古典的なあずきあらい、ろくろくび、ひとつめこぞうといった妖怪から、化け狸、妖狐、天狗など山に棲まうモノ、そして幸福と禍をもたらす異形の神、特定の地域に伝わる土着信仰の神的存在まで、実に幅広い意味での「あやかし」が揃いました。そうした妖、異形は存在するだけでは怪談とはならず、必ずそこに人間の愚かさ、過ちがあり、報いを受ける……その結果が怪談となっていくことを改めて思い知らされた回でもありました。しかしながら、因果応報の単純な話にもならないところが実話怪談の面白さであり、人とはまるで異なる道理と価値観で存在する妖たちの恐ろしさもそこにあるように思いました。
 最終選考、二次選考、一次選考通過作品は以下のとおり。

★最終選考対象
「蛇精の菊」多故くらら
「狸の上」ホームタウン
「イタモノ」天堂朱雀
「いよる」猫科狸
「代わられた。」猫科狸
「天蚕」筆者
「川釣り」浦宮キヨ
「籠蛙力行(ロウアリッコウ)」多故くらら
「ソロキャンプ」月の砂漠
「檻の中」かわしマン
「怪人イトーさんと…」おがぴー
「臍の緒」夕暮怪雨
「繭の揺り篭」影絵草子
「お神輿の道」宿屋ヒルベルト

★ニ次選考通過
「口から伸びる白いモノ」キアヌ·リョージ
「蛇精の菊」多故くらら
「狸の上」ホームタウン
「イタモノ」天堂朱雀
「おばりよん」藤野夏楓
「ぎょうのめ」井上回転
「みめいにくびれる」春日線香
「いよる」猫科狸
「轆轤首」沫
「御破算上人」沫
「代わられた。」猫科狸
「天蚕」筆者
「川釣り」浦宮キヨ
「籠蛙力行(ロウアリッコウ)」多故くらら
「ソロキャンプ」月の砂漠
「虐待」月の砂漠
「檻の中」かわしマン
「怪人イトーさんと…」おがぴー
「火車」夕暮怪雨
「臍の緒」夕暮怪雨
「繭の揺り篭」影絵草子
「お神輿の道」宿屋ヒルベルト
「線路栄螺(センロサザエ)」多故くらら

★一次選考通過
「口から伸びる白いモノ」キアヌ·リョージ
「J交差点の住人」青葉入鹿
「蛇精の菊」多故くらら
「狸の上」ホームタウン
「ケルンのコーボルト」都平陽
「天使」夕暮怪雨
「イタモノ」天堂朱雀
「おばりよん」藤野夏楓
「引っかかり」天堂朱雀
「ぎょうのめ」井上回転
「ミミズ花火」藤野夏楓
「三味線奇譚」春日線香
「みめいにくびれる」春日線香
「いよる」猫科狸
「轆轤首」沫
「御破算上人」沫
「隠蔽されし生き人形」沫
「代わられた。」猫科狸
「絶対に違う」猫科狸
「天蚕」筆者
「川釣り」浦宮キヨ
「きいちゃん」浦宮キヨ
「籠蛙力行(ロウアリッコウ)」多故くらら
「ソロキャンプ」月の砂漠
「虐待」月の砂漠
「檻の中」かわしマン
「提灯の行列」野呂瀬 悠霞
「凸凹コンビ」のっぺらぼう
「怪人イトーさんと…」おがぴー
「土地神」緒方あきら
「火車」夕暮怪雨
「臍の緒」夕暮怪雨
「タヌキが出る部屋」宿屋ヒルベルト
「山を行く」豫座州長
「繭の揺り篭」影絵草子
「本場」豫座州長
「お神輿の道」宿屋ヒルベルト
「木箱の露店」宿屋ヒルベルト
「入浴室の垢嘗」藤野花風
「線路栄螺(センロサザエ)」多故くらら

さて、7月のお題は「予知・予言」に纏わる怖い話。少々異色のお題ですが、創作ではなく実話でお待ちしております。未だ見ぬ「あしたの怖い話」、ふるってご応募くださいませ。
 

現在募集中のコンテスト

【第70回・募集概要】
お題:草木に纏わる実話怪談

締切 2024年04月30日24時
結果発表 2024年05月15日
最恐賞 1名
Amazonギフト3000円&文庫収録のチャンス
優秀賞 3名
竹書房怪談文庫新刊3冊セット
応募方法 下記「応募フォーム」にて受け付けます。
フォーム内の項目「件名(作品タイトル)」「投稿内容(本文1,000字以内)」「メールアドレス」「本名」「ペンネーム」をご記入の上ご応募ください。 応募フォーム

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