マンスリーコンテスト 2022年2月結果発表

怪談マンスリーコンテスト

ー 怪談最恐戦投稿部門 ー

2022年2月結果発表

最恐賞
「飛騨の警察医」おがぴー
佳作
「山の報せ」青葉入鹿
「こだま」夕暮怪雨
「オトシモノ」安田鏡児

最恐賞「飛騨の警察医」おがぴー

富山県で医師をしていた長門さんは、警察医も引き受けていた。
 警察医とは、主に死因不明の遺体を調べて死因を医学的に判断して、異状が認められない場合は死体検案書を作成する医師の事である。
 多くの場合、在宅で変死された方の検案であるのだが、県の南方に飛騨山脈を有している富山県であるので、山で亡くなられた方の検案も少なくなかった。

「大体の場合、既に山岳警備隊が検視をしているからね。僕はそれを確認して検案書を書くだけなんだが」
 勿論、不審な点=事件性があれば刑事課が担当し、ご遺体も大学病院で司法解剖される。
「ただの転落死かと思ったら、誰かに殴られて突き落とされていたみたいなケースだね」
 過去の事件性があった例を振り返る。それでも監察医送りのケースは数える程しかなかった。

 ある暑い夏の日に、検案の依頼が入った-
「山小屋で心肺停止の高齢の男性が発見された」よくあるケースであった。登山が趣味の高齢者となると、心臓病などの持病の発作が起きる事があるだろう。

「あれ?」
 到着した山小屋に安置されているご遺体の見分をしていた長門医師が首を傾げた。
「どうでしょうか、先生」
「ちょ ちょっと待って」
 事前に検視をした山岳警備隊員が神妙な顔で声を掛けると、長門医師もまた緊張した面持ちでご遺体に向き直る。
(無い… おかしいな)
 失血による心停止- それが死因だった。しかしあるはずのものが無い。
「外傷が無いし、吐血や下血の跡が無い」
 人は血液の三分の一を失うと死に至ると言われている。外傷が無ければ吐血と下血の可能性があるが、何処にも血痕が無かった。
「あとは内出血だけど…」
 死に至る内出血だとしたら内臓破裂くらいか。しかしそれは想像出来ない程の痛みを伴うわけで。
「こんな夢見の良さそうな顔にならんよなぁ」
 そう呟くくらい亡くなった老人の死に顔は安らかであった。

 改めて遺体と向き合った長門医師がご遺体の口を開けて咽頭までの様子を見分しようとした時だった。
「はっぁ」
 思わず声が詰まった。
「し… 舌が無い」
 舌癌で舌を切除するケースもある。だけど長門医師が見たそれは手術痕ではなく、まさしく千切られた直後の生々しい傷跡だった。

「だっておかしいだろう?」
 ご遺体は監察医に送られたが検案内容は同じだった。
「失血部位は舌だった。では失った血液は何処に行った?そもそも何が彼の舌を千切ったんだ?」
 分からなかった。
 老人の死は病死として処理されたという。

総評コメント

 2月のお題は「山に纏わる怖い話」。林業やマタギなど山で仕事をしている方々に聞いた恐怖譚や、登山中に遭遇した怪奇現象など、自然そのものの山岳を舞台とした話をハードタイプの山怪とするならば、車で山道をドライブ中に体験した怪奇現象、山間部の旅館、温泉で起きた心霊現象などはソフトタイプの山怪といったところでしょうか。大変大雑把な分け方ですが、硬軟それぞれ半々ぐらい(やや軟が多め?)といった割合で集まりました。とはいえ、選考にはどちらが有利ということはございません。
 最恐賞は、おがぴー作「飛騨の警察医」。富山県で警察医として働く方に聞いた、山からあがった奇妙な遺体の話です。専門職の方ならではの興味深い内容を、セリフを中心にうまく説明しながら読みやすく纏めていたと思います。謎の多い、信じるか信じないかはあなた次第的な話でもあるのですが、淡々した語り口が一定の冷静さを保っていることがこの話を実話怪談たらしめたと言えます。
 佳作1作目は、青葉入鹿作「山の報せ」。山間の集落で代々山師をしている老翁から聞いた不思議な話で、山を流れる川に現れた凶兆とその顛末を描いた作品。冒頭から引き込まれる内容、文章で、登場人物の人間性も伝わってくるような結びも秀逸でした。可能であれば、土地の具体性が欲しかったです。2作目は、夕暮怪雨作「こだま」。こちらも怪談を通して巧みに人間を描けていたと感じた作品です。山に向かって亡き母を呼ぶ少年の想いや、育ての叔母の謎めいた不気味さなど複雑な味わいが濃い後味を残しました。後半の、綾人さんはそう感じたからだ。という文がやや蛇足で浮いているのでそこを工夫するとより良かったと思います。3作目は、安田鏡児作「オトシモノ」。こちらは山の麓のコンビニでアルバイトをしていた方の体験談。その店舗には山越えのドライバー客が霊をくっつけてやってきては、コンビニで落としていくという一風変わった話ですが、霊=オトシモノという表現が、現場の隠語的な響きがあり、大変リアリティがありました。結びはやや出来すぎ感もあるので、もう一考してもいいかもしれません。
 全体評ですが、今回「山」ということで、編集部としてはもう一歩踏み込んだ具体性を期待していました。プライバシーの侵害や風評被害を避けるなど常にデリケートな部分を孕むのが実話怪談ですが、山はそういった意味で比較的具体性を示せる可能性があるテーマだと思われます。山の名前までは難しくても、所在地の都道府県名、怪奇事件が起きた(恐怖体験をした)年代などを提示することは可能なレベルではないでしょうか。実話怪談を取材する場合、そうした具体性まで聞いておき、書く時にどこまで出していいか確認するのが基本です。山に伝わる怪奇伝承、山の神やあやかし等、民話的な要素のある怪談は仕方のない面もありますが、「ある山に」「ある山で」といった表現がかなり目立ち、まるで日本むかし話のような冒頭から始まる作品が数多く見受けられました。各方面への配慮の結果としてどうしても具体的な表現はできなかった場合はもちろん仕方がありませんが、実話怪談の世界で、安易に「ある〇〇」という表現は使ってほしくないと思います。「昔」という言葉も同じです。「~さんが幼かった頃」なども、その人が現在いくつで、どこを起点にそう語っているのか不明な場合が多々あります。制限のある中でどこまでリアリティをもって読者に伝えられるか、怪異という一般常識を超えた現象を本当にあった事なのだと読者に信じてもらうにはどう書いたらよいか、内容の面白さに逃げず、もっともっと真剣に追求していっていただければと思います。
 今回特徴的だったのは、意外にもご自身の体験(一人称の私で書いている作品)が多かったことです。子供時代に裏山で遊んでいて不思議な体験をしたなど、山に近い土地で生まれ育った方からの投稿をたくさんいただきました。大変面白いのですが、自身の体験談で多く見受けられるのが説明不足です。ご自身の頭の中には風景が浮かんでいらっしゃると思うのですが、単に「裏山」と書いてあっても、家からの距離感や山の規模感などがいま一つ伝わってこない場合が多いのです。地元では当たり前に使っているのだろう推測されるのですが、意味がわからない言葉などもありました。主観から客観へと視野を広くもって「これで伝わるかな?」というのをいま一度確認してみると良いかと思います。
 さて、来月の募集テーマは「鉄道」に纏わる怖い話。今回、欲しいと思っていた具体性という面を強化して募集したいと思います。路線名、駅名、線路や踏切のある場所(都道府県、市町村など)、なにがしか具体性を示せるものに限ります。やや難しいと思いますが、皆様の意欲的な挑戦作をお待ちしております!

★その他最終候補作品 ※順不同
「ごあんない」岡田翠子
「あばらヶ原」高倉樹
「12人目」藤戸計
「奇妙なパーティー」鬼志仁
「おにいちゃん」山羊沢優弥
「千円の命」天堂朱雀
「山が鳴く」窓辺よかぜ
「生駒山の首なしライダー」キアヌ·リョージ
「顔が変わって見える谷」坂本光陽
「安土山」蜂賀 三月
「繰り返している」月の砂漠
「夫婦木」大佛太郎
「ツカイ」中野前後
「山雨の心」影絵草子
「私を見つけて」いまいまり

現在募集中のコンテスト

【第70回・募集概要】
お題:草木に纏わる実話怪談

締切 2024年04月30日24時
結果発表 2024年05月15日
最恐賞 1名
Amazonギフト3000円&文庫収録のチャンス
優秀賞 3名
竹書房怪談文庫新刊3冊セット
応募方法 下記「応募フォーム」にて受け付けます。
フォーム内の項目「件名(作品タイトル)」「投稿内容(本文1,000字以内)」「メールアドレス」「本名」「ペンネーム」をご記入の上ご応募ください。 応募フォーム

お問い合わせ kowabana@takeshobo.co.jp