マンスリーコンテスト 2023年7月結果発表

怪談マンスリーコンテスト

※8月の発表は9/1 23時予定しております。お待たせして大変申し訳ございません。
ー 怪談最恐戦投稿部門 ー

2023年7月結果発表

最恐賞
「母の味」緒方さそり
      「産声」夕暮怪雨
佳作
「三好君の夢」キアヌ・リョージ
「この先」猫科狸
「さざ波」ホームタウン

最恐賞「母の味」緒方さそり

愛さんは、赤子の頃、乳児院の前に捨てられていた所を保護された。
三歳まで乳児院で過ごした後、児童養護施設に入所した。
小学生の頃は度々、みなしごの境遇をからかわれた。四年生のある日も、意地悪な男子に揶揄され、施設に帰っても悔しさが収まらず、夜半過ぎまで布団の中で寝付けずにいた。
居室から起き出し、漫ろ無人の食堂に向かった。泣きべそを掻きながら、愛さんがテーブルの席に座ると、一人のオバチャンが、
「これ食べて元気だしな」
と箸を付けて、一杯の味噌汁を出してくれた。一口啜ると、優しく温かい風味が胸に沁みた。自分が知る由もない、母の味という物があるのなら、こんな味なのではと感じ、夢中で完食した。
いつの間にかテーブルに伏せて眠り、気が付くと朝だった。味噌汁のお椀も箸も、それを出したオバチャンも消えた。第一、あんなオバチャンは施設にいない。夢を見ていたのか、と思ったが、味噌汁の風味は、はっきりと記憶に残っている。
夢の味噌汁をまた食べたい!と切望した愛さんは、その味の再現の為、味噌汁の研究に取り組んだ。施設の食事作りでは、進んで味噌汁の調理を手伝った。
高校を卒業し、就職して自立した頃には、味噌汁のレシピは、ほぼ完成していた。
具は豆腐とワカメ、昆布水を使い、出汁は水出しの煮干しダシ。味噌は白味噌で、スーパーで買える物でも美味しいのだが、何処か物足りなかった。
二十歳の誕生日、愛さんは会社の同僚の男性からプレゼントを貰った。彼の出身である九州の、ご当地の白味噌。ネットで取り寄せた、スーパーには無い老舗の逸品だった。
「味噌汁作りが趣味って聞いたから」
と彼は照れ臭げに言った。以前から愛さんに好意がある様で、愛さんもそれを意識していた。
もしや、と直感した愛さんが、その白味噌を使って夢の味噌汁を作ると、期待通り、追い求めた風味に仕上がった。
それを契機に、愛さんは彼と交際し、結婚した。
今は一児の母で、幸せな家庭を築いている。その幼い息子にとって、愛さんが作る夢の味噌汁は、まさしく母の味だ。
「今にして思えば、夢の味噌汁は、一種の予言だったのでしょうか。その味噌汁の完成に寄与する男性と結婚すれば幸せになれる、私の子供にとってそれは母の味になると」
愛さんは穏やかに笑んだ。
「あの夜、私に味噌汁を出してくれた謎のオバチャンは、私の実の母の生き霊か、或いは亡霊で、私を導いてくれたのかも知れません」

最恐賞

「産声」夕暮怪雨

美知さんの母は助産師として地域に貢献していた。医療機関も周囲になく、彼女の地域では自宅出産が主流だった。そのため母は何人もの妊婦の出産に立ち会っていた。
「新しい命を間近で見ることが幸せ」
それが口癖で、特に産まれた瞬間の赤ん坊の、生に満ち溢れた産声を聞くことに生きがいを感じた。

けれど時折、力なく自宅へ戻ってくることがある。それは死産に立ち会った時だ。
妊婦やその家族の悲しみを直で受ける。美知さんは勝手に母の気持ちを理解したつもりでいた。そんな時、母は耳を塞ぎながら部屋に入り、出てこないことがしばしばあった。

そんな美知さんも母の背中を眺めることで、助産師を目指した。初めて気持ちを打ち明けた時、母は嬉しさと複雑な表情を浮かべていた。それからは助けを借りながら、妊婦の出産に立ち会うようになる。

最初はたじろぐことばかりだったが、徐々に現場の空気にも慣れ、いつか来るであろう死産の立ち会いに気を引き締めた。

そんなある日、出産予定が早まった妊婦に立ち会った。母と部屋に入ると何かが聞こえる。それは泣き声だ。周囲を見渡すが、美知さん親子と妊婦以外は部屋にいない。

すると気づいた。妊婦の膨らんだ腹から声が聞こえることに。
「オギャァ…オギャァ…」
まだ赤ん坊は腹の中だ。声は聞こえるはずはない。
けれど腹から、しがれたような女の声が聞こえるのだ。
横の母は力ない表情で精一杯、妊婦に声をかける。

(母にもこの声が聞こえるのだ)
美知さんは気づく。
妊婦には声が聞こえないのか力一杯、力んでいる。その度に女の泣き声は「オギャア…」と大きく響く。

そして赤ん坊が出てくると、既に事切れている。死産だ。

出産前は母子共に健康だと話を聞いた。
初めての死産にショックを受けるが、それ以上に気持ちが疲弊する。
何故なら家に帰っても、あの泣き声が耳から離れないからだ。

母は美知さんに、
「あなたも聞こえるのね」
そう疲れ切った顔で声をかけてくれた。
その声は死産を知らせる予知のようなものだと母は説明する。決まって妊婦の腹の中から聞こえる。赤ん坊ではない、女の声で。

美知さんはその後、助産師を目指す事を辞め、
看護師として産婦人科で働いている。時折、分娩室からあの女の泣き声が聞こえてくるそうだ。

「オギャァ…オギャァ…」
それは美知さんに死産を知らせる産声だ。

総評コメント

予知、予言に纏わる怪談ということで、言うなれば「未来の怖い話」ということになるでしょうか。予言された恐ろしい未来に怯えながら生きる現在を綴った暗澹たる怪談が数多く集まりました。その中にあって、明るい未来を予言した話「母の味」(緒方さそり)は鮮烈で、今回受賞作のひとつに選びました。最後の一文はなくても良いとも思いますが、評価の分ところところ。いずれにせよ怪談の怪は怖いだけでない不思議なこと、異なことも含むと思いますので、これもまた怪談の一つの側面を現した作品であると言えます。一方、最恐賞という冠ですので、怖く不気味な予知・予言も選ばれてしかるべきです。陰と陽でいえば、陰の怪談として選んだのが、「産声」(夕暮怪雨)です。職業怪談にも入る内容で、その職の人だけが知る恐怖というのは興味をそそられます。全体に漂う陰鬱な色が秀逸でした。惜しむらくは、赤子の鳴き声が型通りだったこと。腹の中から聞こえてくる声と、普通に生まれてくる産声と、文字にしたときに同じではつまらない。擬音に独自性があるとさらに良かったと思います。
佳作も秀逸な作品です。「三好君の夢」キアヌ・リョージはすんでのところで危機を回避できる話ですが、セリフがとても効果的でぞっとさせられました。「この先」猫科狸は、予言とおまじないを掛け合わせた内容ですが、最後に意外なオチが用意されていて、それが嘘くさくならずに落ちているのがよかったです。「さざ波」ホームタウンはシンプルな作品ですが、リアリティという面でエッジが立っていて、予知系の怪事件としてファイリングされるべき作品と思います。
全体を通して、「予知・予言」と「呪詛」は非常に密接なものであり、どちらの要素が強いかと見た場合に、やはり呪詛系であろうと思われる作品も多かったと思います。すなわち、能力者が恨みをいだいたり、怒りを感じた場合に、相手に不幸な未来を宣告し、それが現実になるというもの。これは未来を予言したのではなく、未来を作り出した怪談といえるのではないでしょうか。今回はできるだけ、タイムライン上に予定されているものが見えた怪談を中心に選考いたしました。
今回のお題はなかなか興味深い話が多かったので、また後日まとめてみたいと思います。
たくさんのご応募まことにありがとうございました。
さて、来月のお題は非常に狭くなりますが「井戸」に纏わる怖い話。
ありきたりな題材でどれだけバリエーションがみられるか楽しみにしております。
奮って応募くださいませ!

●最終選考対象
「カレンダー」雨水秀水
「三好君の夢」キアヌ・リョージ
「どこにいく」住依為信
「産声」夕暮怪雨
「さざ波」ホームタウン
「ここに眠る」沫
「この先」猫科狸
「母の味」緒方さそり
「捩れた山羊(件新説)」影絵草子

●二次選考通過
「カレンダー」雨水秀水
「蜘蛛箱」雨森れに
「三好君の夢」キアヌ・リョージ
「どこにいく」住依為信
「カジカジ」おがぴー
「ヤストラダムスの大予言」月の砂漠
「産声」夕暮怪雨
「さざ波」ホームタウン
「ここに眠る」沫
「アシイラズ」沫
「この先」猫科狸
「夢の内容」柩葉月
「母の味」緒方さそり
「卒業アルバムの寄せ書き」かわしマン
「捩れた山羊(件新説)」影絵草子
「よろしくね」唎酒師のカズ

●一次選考通過

「ノス婆」あんのくるみ
「カレンダー」雨水秀水
「キイキイ」雨水秀水
「蜘蛛箱」雨森れに
「三好君の夢」キアヌ・リョージ
「どこにいく」住依為信
「カジカジ」おがぴー
「知るために」天堂朱雀
「ヤストラダムスの大予言」月の砂漠
「忌中札」宿屋ヒルベルト
「産声」夕暮怪雨
「さざ波」ホームタウン
「蠅の知らせ」筆者
「ここに眠る」沫
「アシイラズ」沫
「ツトム君」おがぴー
「この先」猫科狸
「夢の内容」柩葉月
「思い残し」猫科狸
「つぐ」猫科狸
「母の味」緒方さそり
「絶望の手前」影絵草子
「瓶詰め」藤野夏楓
「卒業アルバムの寄せ書き」かわしマン
「閉店のお知らせ」春日線香
「五円越しのお告げ」雪鳴月彦
「X」ムーンハイツ
「捩れた山羊(件新説)」影絵草子
「よろしくね」唎酒師のカズ

さて、7月のお題は「予知・予言」に纏わる怖い話。少々異色のお題ですが、創作ではなく実話でお待ちしております。未だ見ぬ「あしたの怖い話」、ふるってご応募くださいませ。

現在募集中のコンテスト

【第70回・募集概要】
お題:草木に纏わる実話怪談

締切 2024年04月30日24時
結果発表 2024年05月15日
最恐賞 1名
Amazonギフト3000円&文庫収録のチャンス
優秀賞 3名
竹書房怪談文庫新刊3冊セット
応募方法 下記「応募フォーム」にて受け付けます。
フォーム内の項目「件名(作品タイトル)」「投稿内容(本文1,000字以内)」「メールアドレス」「本名」「ペンネーム」をご記入の上ご応募ください。 応募フォーム

お問い合わせ kowabana@takeshobo.co.jp