マンスリーコンテスト 2023年2月結果発表

怪談マンスリーコンテスト

ー 怪談最恐戦投稿部門 ー

2023年2月結果発表

最恐賞
「たまのえさん」宿屋ヒルベルト

      

「何の旅行」緒音百
佳作
「オツトリさん」雨森れに
「凍ったヒーロー」多故くらら
「雪蜥蜴」夕暮怪雨

最恐賞「たまのえさん」宿屋ヒルベルト

 古閑さんが気ままな青春18きっぷの旅でその町を訪れたのは、三月の名残り雪と呼ぶには風情に欠ける、くるぶしまで埋もれるほどの大雪が降った翌日だった。
 駅前の商店街で冬靴を調達して、古閑さんは町を散策することにした。宿場町の面影残る古い街並みを、雪が白く染める景色を眺めたかったのだそうだ。
 大通りを外れて細い路地を歩いていると、小学校高学年くらいだろう女の子が道の真ん中でしゃがみこんでいるのに出くわした。
「何してるの?」と声をかけると、振り返って笑顔で、
「たまのえさん。お兄さんもやる?」
 見ると一抱えほどの大きさの雪の山に横穴を掘った、かまくらのようなものができていた。
「たまのえさんって?」
「お兄さん、ロウソクかマッチ持ってる? 煙草でもいいよ」
 煙草ならあった。女の子が言うには、この小さなかまくらの中に火を灯して、心の中で「たまのえさん、つなげてください」と呼びかけると、その人にとって大切な、亡くなった誰かの声が聞こえてくる……一そんなおまじないらしい。今の子もそんなコックリさんみたいなことをするんだなと、面白く思ったという。
 促されるままに火をつけた煙草を穴の中に立てて、目をつぶって「たまのえさん、つなげてください」と心の中で唱える。亡くなった大切な人と聞いて、思い当たる相手もいなかったが。
 すると。

 いたいよぉ……いたいよぉ……

 その苦しげな声は、確かにかまくらの中から聞こえたという。消え入りそうな、かすかな呻き。でも古閑さんには分かった。半年前、大喧嘩の末に別れた元恋人の声だった。
 唖然とする古閑さんを見下ろすように立って、女の子が言う。
 どうするの?痛そうだよ?心配だよね?
「中を覗いてみたら?」
 そうだ。
 言われるまま、古閑さんは腰をかがめて――

「だめだよ」

 そんな声とともに背後から雪のつぶてをぶつけられ、古閑さんは我に返って振り向いた。
 テカテカしたダウンを着込んで長い髪を金に染めた、いかにもヤンキーという風貌のお姉さんがやってきて、かまくらをずかずかとブーツの足で踏み潰した。
 声は消え……ふと気づくと、女の子も居なくなっている。
 お姉さんは「気をつけなね」と古閑さんの肩をぽん、と叩くと、そのまま行ってしまったという。
 その夜、心配になって久しぶりに件の元恋人さんに電話してみたが、向こうはピンピンしていて「もう新しい彼氏もいるし、連絡してこないで」と冷たくあしらわれたそうだ。

最恐賞「何の旅行」緒音百

 一泊二日の自由気ままなレンタカー旅行。
 坂野さんの運転で山道を走行中、季節外れの雪が降り始めた。
 ワイパーが払いきれない大粒の雪は、なかなか溶けずにフロントガラスに付着し、視界は悪くなる一方。
 助手席の友人が呟いた。
「……危なくね?」
 天候が回復するまで休むことにし、路肩に停車する。
 雪景色の向こう、山側の丘陵一帯から白煙が立ち上っている様が見えた。
 野焼きだろうか。いや――山肌のそこかしこに大小不揃いの穴ぼこが空いていおり、そこから絶え間なく綿状の物体が吐き出され、まるで雪のように降り注いでいるのだ。どうりで溶けないわけだ。
「山の毛穴みてぇ」
 友達の軽口に、どう返事をすればいいかわからなかった。
 とりあえず動画を撮ろうとスマホを構える。誤ってインカメラにしてしまい、自分の顔がアップになった。
 ――俺、どうして笑ってんだ?
「おーい。よくわからないモン飲み込んだらヤバそうだから、口閉じろって」
 だが口は閉じるどころか勝手に大きく伸びてしまう。更に、焦って呼吸が荒くなったのが災いし、一塊の綿がひゅんっと喉の奥に吸い込まれた。
「気味悪いし、もう行こう。俺が運転代わるから」
 開いたままの口からダラダラと涎を垂らすだけの数分間は、とてつもなく長く感じた。一生このままだったらどうしよう……と不安が過り、山を下りてようやく治ったときは心底安心した。
 町はさっきまでの銀世界が嘘のように晴れ渡っている。
「アレ何だったのかな」
「普通にゲエラゴだろ?」
「ゲ……? あ、なるほどー」
 あたかも常識かのように言われたので見栄を張った。しっかり飲み込んでしまったことは、言えなかった。
 安心したせいか強烈な尿意を覚え、途中の道の駅で用を足し、足早にレンタカーに戻る――と、車内には誰もいない。あいつもトイレだろう。
 そうして待っている間に宿の予約内容を確認し、ぞっとした。
 誰も戻って来るはずがない。だって今日は、突発的に思い立って出発した一人旅なのだから。
 慌ててレンタカーを発進させた。車内には飲みかけの缶コーヒーが二つ置いてある。
 恐怖のあまり居ても立っても居られず、旅程を繰り上げて帰途についた。

 あれは何で、友人は誰だったのか、未だにわからずじまい。ゲエラゴとやらを調べてみたら自分が見たものとは全然違った。
「今でも時々、あの旅行を夢に見ますよ」
 そう話す坂野さんの顔はどことなく楽しそうだった。

総評コメント

 だいぶ暖かくなってまいりましたが、2月のお題は「雪、雪国」に纏わる怖い話。雪国の民話的な雰囲気のお話から、都会にちらつく雪模様の中の怪まで様々な作品が集まりました。
 最恐賞は今月は2作。1作目は「たまのえさん」宿屋ヒルベルト。たまのえさんという降霊術めいた遊びに誘う少女とかまくらから聞こえてくる声の話。展開が面白く、ぞっとした心もちにさせられつつも、最後はすぱんと狙いすぎない程度の落とし方が小気味よい作品でした。2作目は「何の旅行」緒音百。こちらは今回集まった作品の中でも一風変わった奇妙な話で、レア度抜群。不可解さと得体の知れぬ不気味さが残る、怪談らしい怪談であったと思います。
 佳作は、「雪蜥蜴」夕暮怪雨、「凍ったヒーロー」多故くらら、「オツトリさん」雨森れにの3作を選出。まず「雪蜥蜴」は母子の共有する怪の記憶を綴った抒情的な作品で、書き手の推測を抑え、読み手に想像させる含みを持たせた控えめな描写がとてもよかったと思います。「凍ったヒーロー」はディテールがよく描かれていて、情景がありありと浮かんでくる作品。恐怖より不可解な謎事件ですが、人物の描き方が好ましく、人をきちんと描いた怪談にはリアリティがついてくるということを改めて感じさせてくれました。最後「オツトリさん」は遭難者を助けてくれる山の鳥、山神の遣いか化身のような存在との遭遇譚で、これまた非常に面白い作品でした。予想外の姿が逆に真実味を醸しており、こういう山の怪を聞くと実にわくわくいたします。
 毎月、色々なバリエーションの怪談が寄せられる中でも、不思議と少し似たような話、類話が出てくることに注目しています。似たような発想での創作ではなく、実話として類話がまったく異なる地域の方々から出てくる場合、そこには一定の真実味があると思わされます。
 今回は、かまくらの中から死者の声がする、かまくらに死者が集うというような話がいくつか重なりました。最恐賞の「たまのえさん」ほか、臼井ズミ「穴の中」、沫「旧正月の伝統行事」も同様のテーマであり、いずれも大変興味深いお話でした。また、雪を食べる、食べることにとりつかれるという話も共通点が多く、「雪喰いの合併症」おがぴー、「雪を齧る理由」天神山など特に印象深い作品でした。もうひとつ、雪の日の神社の縁の下に何か魔物的なものが潜む話も不思議な符合を感じさせるものがあり、中でも「待ち伏せ、引き寄せ」渡戸章五、「遭難」月の砂漠の2作は秀作です。
 今回は最恐賞2作掲載ということで、総評は短めにいたしますが、やはりテーマというのは真ん中にきちんと据えた作品のほうが印象に残ります。実のところ最後まで読んで、雪はどこに出てきたかしら……と思う作品がかなりありました。読み直すと、最初に設定として雪が降っていたと書かれていただけであったり、確かに雪国が舞台ではあるのだけれど、明らかに本筋のテーマは別だなと感じる作品が多く、少し残念に思いました。また、怪談よりも人間ドラマのほうに軸足が移ってしまっている作品もありました。やはり怪談のコンテストですので、バランス的にはあくまで怪談、恐怖のほうをメインにしていただければと思います。つまり、感情を描きすぎず、事実を整理し、客観的に描写するということを忘れないでいただきたいということです。
 さて、次回3月のお題は久しぶりに怪談の王道「人形」です。桃の節句といえば、雛人形。定番の日本人形からアンティークの西洋人形、球体関節に玩具の着せ替え人形、はたまた呪物的な藁人形やヒトガタまで、怖ろしい実話、不思議な怪談をお待ちしております。皆様、ふるってご応募くださいませ。

☆最終選考対象作
「白髪」ふうらい牡丹
「オツトリさん」雨森れに
「雪喰いの合併症」おがぴー
「空き地の怪」鬼志 仁
「人型」月の砂漠
「何の旅行」緒音 百
「救出者」夕暮怪雨
「凍ったヒーロー」多故くらら
「たまのえさん」宿屋ヒルベルト
「雪蜥蜴」夕暮怪雨

☆二次選考通過
「穴の中」臼井ズミ
「白髪」ふうらい牡丹
「オツトリさん」雨森れに
「雪喰いの合併症」おがぴー
「空き地の怪」鬼志 仁
「人型」月の砂漠
「雪を齧る理由」天神山
「旧正月の伝統行事」沫
「何の旅行」緒音 百
「救出者」夕暮怪雨
「凍ったヒーロー」多故くらら
「たまのえさん」宿屋ヒルベルト
「散歩」かわしマン
「雪蜥蜴」夕暮怪雨
「待ち伏せ、引き寄せ」渡戸章五
「入試の朝」若林明良
「冷たい手」ねこ科たぬき
「朝、積雪に誘われ」まがむし

☆一次選考通過
「穴の中」臼井ズミ
「白髪」ふうらい牡丹
「Aさんが見たもの」キアヌ・リョージ
「降ってくる」墓場少年
「オツトリさん」雨森れに
「雪喰いの合併症」おがぴー
「空き地の怪」鬼志 仁
「遭難」月の砂漠
「人型」月の砂漠
「雪を齧る理由」天神山
「雪上の老人」おがぴー
「旧正月の伝統行事」沫
「何の旅行」緒音 百
「救出者」夕暮怪雨
「凍ったヒーロー」多故くらら
「生き埋めタイムスリップ」緒音 百
「たまのえさん」宿屋ヒルベルト
「散歩」かわしマン
「雪蜥蜴」夕暮怪雨
「坂の上」夕暮怪雨
「待ち伏せ、引き寄せ」渡戸章五
「雪山 ~姉ちゃん~」みなつき
「R温泉の旅館」若林明良
「入試の朝」若林明良
「黒い雪」みなつき
「冷たい手」ねこ科たぬき
「母娘の記憶」雪鳴月彦
「朝、積雪に誘われ」まがむし
「スノーエンジェル」有薗花芽

現在募集中のコンテスト

【第70回・募集概要】
お題:草木に纏わる実話怪談

締切 2024年04月30日24時
結果発表 2024年05月15日
最恐賞 1名
Amazonギフト3000円&文庫収録のチャンス
優秀賞 3名
竹書房怪談文庫新刊3冊セット
応募方法 下記「応募フォーム」にて受け付けます。
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お問い合わせ kowabana@takeshobo.co.jp