マンスリーコンテスト 2020年8月結果発表

怪談マンスリーコンテスト

ー 怪談最恐戦投稿部門 ー

2020年8月結果発表

最恐賞
代講依頼ふうらい牡丹
佳作
「ホームヘルパー」菊池菊千代
「ロッカー室」鬼志仁
「部長の机」ミケとーちゃん
社畜賞
「タバコの火」緒方あきら

「代講依頼」ふうらい牡丹

美穂さんは首都圏にいくつも教室を持つ大手の進学塾で事務員をしている。
彼女が入社一年目に配属された教室で起きた話。
その塾は夏期講習の時期になると、非常勤やバイトの講師、教室の掛け持ちをする講師が増えて朝から人の出入りが多くなり、美穂さんも講師の顔をなかなか覚えられなかった。
早番で勤務していた日の午前中、常勤の講師が全員授業に出て、美穂さんが事務所で一人仕事をしていると電話が鳴った。

「代講でニシ先生をK駅前の教室にお願いします」

(あ、代講依頼だ)

授業数が増加する夏期講習中は近隣の教室まで代講の依頼が来ると教わっていた美穂さんは「かしこまりました」と電話を切った。すぐに非常勤講師が待機している待機室を見に行くと、面識のない男性の講師が一人座っている。

「ニシ先生ですか?」

その講師が顔を上げる。

「K駅前の教室まで代講お願いします」

「はい」

頷いて、さっと教室を出て行く彼の姿を見送りデスクに戻ったとき、美穂さんはK駅前には教室がなかったことに気づいた。この塾の教室数は多く、美穂さんも全て把握できているわけではなかったが、K駅なので知らないわけがない。
は彼女も出勤に使う路線の駅
困惑していると、待機室から物音が聞こえる。また覗いてみると、今度は面識のあるバイトの講師が弁当を食べていて、美穂さんに気づくと(何か用ですか?)という表情を浮かべた。

美穂さんは嫌な汗が流れるのを感じた。つい先程話しかけた「ニシ先生」の顔を思い出せないからである。
非常勤講師のタイムカードを置いているラックを見ても、「ニシ先生」の名前はなかった。

状況を理解できないままデスクに座っていると、昼休みになった教室から講師たちが戻ってくる。休み時間の喧噪が事務所にも溢れてきて、美穂さんは幾分か現実に引き戻されたような気持ちになった。

すると昼番の先輩事務員が出勤してきて、美穂さんを見るなり、

「大丈夫だった?」

と、聞いてきた。

どう答えていいかわからないまま先輩を見ていると、

「朝にK駅で人身事故があってずっと電車停まってたって聞いたけど、出勤できたのかなと思って。でも来れたんだね」

先輩は安心したようにそう話した。

美穂さんはその日、あの電話を受けるまでの記憶をいくら思い出そうとしてもまったく思い出せず、どうやって出勤したのかも覚えていなかった。

総評コメント

8月のお題は「会社・職場に纏わる怖い話」。スーツ姿のサラリーマンがイメージされる一般的な会社から、〇〇師や〇〇員とつくような専門的なお仕事の方の話、そして流行りの在宅ワーク中の怪異など、幅広い内容が集まりました。今月はちょうど『社畜怪談』(久田樹生、黒碕薫、佐々原史緒/共著)が発売ということで、ゲスト審査員に佐々原史緒先生をお招きし、社畜賞を決めていただきました。文庫にちなんで「社畜賞」と銘打っておりますが、社畜らしい内容の応募作から選んでいただいたわけではなく、全作品から公平に選んでいただております。正確には「佐々原賞」ですね。
さて、最恐賞は「代講依頼」ふうらい牡丹。二度読みたくなる作品で、よく考えるとどこから怪異が始まっていたのか、非常に奥深い作品です。よく考えるとどんな顔だったか思い出せない、いたかどうかも思い出せないという怪現象は、体験者の皆さんがよく口にするもので、本当にそういうことはあるんだなと感じます。そういったある意味よくある怪異ではありますが、展開が興味深く、1000字以内という条件の中で、複雑な構造の話をよく纏めていたという点で高く評価いたしました。
佳作には、「ホームヘルパー」菊池菊千代、「ロッカー室」鬼志仁、「部長の机」ミケとーちゃんの3作。最近マンスリーコンテストで常連となりつつある方が揃いましたが、どれも力作揃いでした。
「ホームヘルパー」はタイトル通り、ヘルパーさんの体験談。この作品の一番怖いところは最後にさり気なく添えられた一文かと思うのですが、それをどこまで書き手が意図しているかが読み切れなかった(佐々原先生談)ところがあります。読者が、あ、そういうことか!と気づくようにしっかりと狙いを定める落とし方は研究の余地があると思います。
「ロッカー室」は因果がはっきりした話で、最後にそういうことかとぞっとする内容。すます調ではじまって断定調で終わるところが難点で、文体に気を遣うとさらに良かったと思います。
「部長の机」は部長になると死んでしまうジンクスのある営業所の話。部長の机の中の描写が秀逸でしたが、綺麗に纏まりすぎている分、印象が薄いところも。
最後に社畜賞(佐々原賞)。こちらは佐々原先生のコメントをそのままご紹介します。
「「職場」と一口でいっても本当に様々なのだなと感じさせる作品群でした。その中で、さらりと日常に入り込んできた怪異の姿を描写し、怖さの原因をナチュラルに提示できていた「タバコの火」を推したいと思います。ラストの筆運びが光っていた「ロッカー室」も捨てがたかったのですが、それだけに途中の文体に破綻が見られたのが残念でした。」
社畜賞には、久田樹生さんチョイスの社畜セットをお送りさせていただきますので、どうぞお楽しみに(笑)

職業譚は、特殊な職業の話ほど興味を持たれやすいものの、その説明に字数をさく必要もあり、1,000字以内という条件の中で、肝心の怪異を表現する字数が足りずにあっさりしてしまう作品が多い傾向にありました。また一般的な会社員の登場する話の場合、オフィスってこういう感じ、というざっくりしたイメージでディテールがおざなりな作品が目立ちます。その会社ごとに特徴があるはずで、1つ小さなディテールを表現するだけでリアリティ、実話怪談らしさはぐっと強くなります。その辺りを意識していただけると唯一無二の実話怪談になってくるのではないでしょうか。
さて、来月はそうしたキーポイントが重要になってくる「病院に纏わる怖い話」。病院という特殊設定ですが、勿論医療に携わっている方のリアルな描写にとんだ話ばかりでなく、患者として通院、入院した時に体験した話、病院という場所、建物に纏わる地域の噂など、色々な側面から取材可能かと思います。皆様の力作、楽しみにしております!

★最終選考通過作品
「代講依頼」ふうらい牡丹
「課長のピエロ」月の砂漠
「ロッカー室」鬼志仁
「エスカレーション」大坂秋知
「深淵への導き」天堂朱雀
「ホームヘルパー」菊池菊千代
「宛所に尋ねありません」高倉樹
「社長の絵」松本エムザ
「禁忌の樹」松本エムザ
「部長の机」ミケとーちゃん
「タバコの火」緒方あきら

★二次選考通過作品
「代講依頼」ふうらい牡丹
「課長のピエロ」月の砂漠
「ロッカー室」鬼志仁
「当たり」天堂朱雀
「エスカレーション」大坂秋知
「深淵への導き」天堂朱雀
「靄」青葉入鹿
「ホームヘルパー」菊池菊千代
「宛所に尋ねありません」高倉樹
「雨の日はぐずる」斉木 京
「西村勇介」水曜
「社長の絵」松本エムザ
「禁忌の樹」松本エムザ
「部長の机」ミケとーちゃん
「借りたパソコン」雨水秀水
「縫いつける」影絵草子
「事故物件?」相良但馬守十郎猫頼
「タバコの火」緒方あきら
「人煙」黒豆大福
「観客」櫻井文規
「立つ男」ツヨシ
「深夜のコンビニ」乱夢
「警備巡回中に見た中年男性」たなよし
「スイミングプール」森崎葵
「嘘泣き」ひるなか

現在募集中のコンテスト

【第37回・募集概要】
お題:秘密に纏わる実話怪談

原稿 1,000字以内の、未発表の実話怪談。
締切 2021年07月25日24時
結果発表 2021年07月31日
最恐賞 1名
Amazonギフト3000円&文庫化チャンス
佳作 3名
お好きな怪談文庫新刊3冊
応募方法 下記「応募フォーム」またはメールにて受け付けます。
フォーム内の項目「メールアドレス」「ペンネーム」「本名」「作品タイトル」 を記入の上、「作品本文(1,000字以内)」にて原稿ご応募ください。 応募フォーム
メールの場合は、件名に【怪談最恐戦マンスリーコンテスト7月応募作品】と入力。 本文に、「タイトル」「ペンネーム」「本名」「メールアドレス」を記入の上、原稿を直接貼り付けてご応募ください。 kowabana@takeshobo.co.jp