マンスリーコンテスト 2020年9月結果発表

怪談マンスリーコンテスト

ー 怪談最恐戦投稿部門 ー

2020年9月結果発表

最恐賞
昏い処置室ミケとーちゃん
佳作
「赤ちゃんの部屋の先客」音隣宗二
「頑なな理由」天堂朱雀
「傍観」菊池菊千代
特別賞
「ロシアンごみ箱」松本エムザ

「昏い処置室」ミケとーちゃん

五十代の男性Aさんの古い記憶である。
三歳のときの話だから、昭和四十年代の終わり頃のことになる。

その日Aさんは、前日に行った縁日で買ってもらったおもちゃで遊んでいた。
プラスチックの透明な筒状の棒にビーズ大のカラフルな砂糖菓子が入っていて、筒の片方の先端に小鳥を模した笛が付いた幼児用のおもちゃだった。

中のお菓子が無くなれば後はただ笛をピーピーと鳴らすしかない。
すぐに飽きたAさんは、笛の方を持ち手にして剣のように振り回して遊んでいたという。
そのうち筒の先がどこかに当たって割れてしまった。
しばらくそのまま遊んでいたが、三歳だったAさんは深く考えず、折れて尖り、竹槍のようになった方を口に咥えた格好で別の場所に行こうとした。

座布団につまずいた次の瞬間、ザッ、という大きな音が頭の中に響いた。

「もしもあの時、正面真っ直ぐに倒れていたら、私は今ここにいないでしょう」

尖った先端が上顎を突き破り眼球や脳を傷つけることだけは免れたが、上顎と喉の一部の肉を抉った傷口からは血が噴き出したという。

驚いた母親はAさんを背中におぶり、数百メートル離れた町医者に駆け込んだ。

待合室にいた先客たちから「先に診てもらえ」と叫び声が上がったという。

その医院の老医師は腕のいい外科医と評判だったが、元軍医だということで怖く粗っぽいことでも有名だった。

処置ベッドに寝かされたAさんは、顔を横に向けられ、口に太い指を入れられた。
えずいて吐いてしまうと、出血に吐しゃ物が混じって息が苦しくなった。
恐怖と痛みで意識が遠くなりそうだったという。

気づくと処置ベッドの周りに人が集まっていた。

狭く薄昏い処置室に溢れんばかりの人がいて、Aさんの周りを幾重にも取り巻いている。

全部で二十人ほどいるだろうか。
若い男性が多く、全員が暗い色の同じような服を着ている。その人たちもそれぞれ怪我をしているようだったが、皆心配そうに無言でAさんを覗きこんでいる。

医師と中年の女性看護師の横にもうひとり、白い割烹着のような服を着た若い女性がいて、Aさんの手を握り、もう片方の手でずっと背中を擦っていてくれた。
その手の感触は今でも憶えているという。

Aさんは、後年、その日の様子を何度となく母親から聞かされた。

怪我の経緯や酷さは記憶とほぼ同じだったが、あのとき、Aさんの他に処置室にいたのは老医師と看護師と母親の三人だけだったという。

総評コメント

 9月のお題は「病院に纏わる怖い話」。病院は多くの人が命を終える場所であり、死との繋がりは深く、学校怪談とともに王道中の王道と言っていい怪談の舞台であります。
 現役開業中の病院から、廃病院の噂話、患者としての体験談、そして何より、現場で働くの方々からの貴重な体験談、目撃談も多く寄せられました。医師、看護師、放射線技師等の医療従事者の方々の体験のほか、病院の清掃、警備に携わる方の話、出入りの業者さんの目撃談など、その数100以上。次に多いのが入院中の体験談で、こちらも50作以上集まりました。
 今月はゲスト審査員として11月に発売予定の「恐怖箱 心霊外科」の編著者である加藤一さんをお招きし、選考に加わっていただきました。また、今回は「特別賞」が設けられており、受賞者には「恐怖箱 心霊外科」への執筆参加権が付与されます。
 それでは、受賞作を加藤さんの選評とともにご紹介してまいります。
 まず、最恐賞は「昏い処置室」ミケとーちゃん。元従軍医の町医者のところに運び込まれた男が処置中に体験した怪異を記した作品です。候補作の中でも抜きんでた文章力がまず評価されました。「構成力、文章力ともに一番安定していた。怪我の描写がややこってりしすぎているで、処置室に現れた戦死者と思しき人々との遭遇が意識混濁の中での幻覚ではないことを裏付ける描写がもう少し欲しかったと思う」(加藤)。
 佳作には、「赤ちゃんの部屋の先客。」音隣宗二、「頑なな理由」天堂朱雀、「傍観」菊池菊千代の3作。受賞経験のある方の力作が揃い、接戦でした。
「赤ちゃんの部屋の先客。」は新生児の部屋をガラス越しに覗く不審なモノの怪。「最後の看護師に説明するくだりや諫められるくだりは若干の蛇足感あり。先客は目つきや言葉が克明な割に、それ以外の外観(そもそも性別がわからない)等の描写が薄く、様子を想像するにはもう少し材料が欲しいところ」(加藤)。
「頑なな理由」は、担当医の首から黒い手が見えるからと診察を拒む祖父。祖父は翌年誤嚥窒息死するが、時を置かず件の医師も自殺幇助で逮捕されるという話。「意味不明感は良いと思う。後日談が量的に重いので、サゲを欲張りすぎない方がベター」(加藤)。
「傍観」は、重症患者の病室に落ちている長い髪の毛の謎。やがてそれが体験者の夫の寝室に…という話。「あったること以外の考察や推察は蛇足となりがちなので、あったることに絞った方がいい。具体的には、「あとで同僚に相談したら〈死神的な何か〉じゃないかと言われました」というくだり。ここは同僚の主観に引っ張られてしまうのでなくてよかったと思う。また、夫婦が不仲という話は先に持ってくると落ちが読めてしまうので、挿入場所にもうひと捻り欲しい」(加藤)
 特別賞は「ロシアンごみ箱」。医師の足下に置いてある足踏みゴミ箱の中に女の顔が見えることがあるという怪異。「ネタは個人的にいちばん好み。ただし、種明かしの仕方(先輩看護師のほのめかし)が惜しい。構成の仕方で蛇足にならずに対応できたと思う」(加藤)
 最後に加藤さんからの総評をご紹介いたします。
「まず思ったことは、蛇足感が惜しいということです。
 体験者、著者いずれについても、考察や所感は入れすぎない方がよいと思います。わからないことはわからないままにしておくのも実話怪談ではあり。ここを欲張りすぎた結果、書きすぎになってしまっているものが散見されました。
 ネタはいずれも興味深いものばかりで、一つを選ぶのは正直大変でした。全部(「恐怖箱 心霊外科」に)載せたいくらいです。
 文章力構成力では「昏い処置室」が一つ抜きんでていた感はあります。ネタでは原因不明の不意打ち系「ロシアンごみ箱」が個人的には好みでした。
いずれにも言えることですが、不明感や後日談や著者体験者の所感を込めすぎないこと、サゲ(話の結び方)の工夫の余地は全般にありましたし、むしろそこが伸びしろになるのではないかと思います。
「何が起きたか」は過不足なく書くべきですが、「どう思ったか」や、著者にも体験者にもわからない「何が正解(真実)か」の部分、読後の考察などは読者に委ねてしまったほうがむしろいい場合が多いのではないかとは思います。
 著者が「この体験談についての自分の考えを聞いてくれ」という書き方になってしまっていると、結果的に著者の所感や考察が盛り込まれすぎてしまう。
 その意味で、実話怪談著者は「あったることの記録者」のポジションを、あまり踏み越えないほうがいいかな、と思います。
ただ、今回どれも甲乙付けがたく、ギリギリまで悩んだ上での条件付き選択なので、他の方々も誰が劣っていたということはありません。そこは各々自信を持っていただいていいと思います。
 恐怖箱のワンテーマアンソロジーは通年で年二回あるので、次(2021年6月末売りの夏アンソロ)でも同様に拝見できればと思います」

 いかがでしたでしょうか。編集部の所感としましては、常連投稿者さんのレベルがあがり安定してきたと同時に、初参加の方の割合が非常に高い回となり、大変嬉しく思います。病院というテーマで切ってしまうと、ネタかぶり、似たようなシチュエーションの話が多くなることが募集前から懸念されていましたが、実際、そのようなケースも多かったです。では、同じモチーフの話が多数集まった時に、どのような話が光るのか。そこはやはり表現力、文章力である場合も。さりげなく印象深い比喩やセリフ、独創性の高い言葉で簡潔に表現されている一文があると、記憶に残ることが多いのです。また、加藤さんもご指摘の通り、読者(選考委員)に考える余地が残されていると、これはどういうことだったのかと思いを馳せる分、その作品を考えている時間が長くなります。この怪異はこれこれこういう因果でこうなったと思いますと言い切られてしまうと、その時点でこちらの思考も止まってしまうので、受動的な読書体験にとどまってしまう=印象に残らないという面はあると思います。1000字の中に色々詰め込みたい気持ちをぐっと抑え、完結してしまった怪談ではなく、生きた怪談として読者の中に送り込む。読み手の中でもう一度動き出すような怪談が「強さ」の秘訣ではないでしょうか。加藤さんいわく「考察は読者の特権。著者が奢ることなく、読者に考察を促すくらいで止めておくのがよい怪談」とのこと。ただ、まったく書くなではなく、書きすぎるなということだと思います。
 さて、来月のテーマは「樹海」です。「樹海に纏わる怖い話」を募集します。皆様の力作、お待ちしております!

★最終選考通過作品
「昏い処置室」ミケとーちゃん
「壁のマリアさま」影絵草子
「ロシアンごみ箱」松本エムザ
「傍観」菊池菊千代
「思い出の健康診断」青葉入鹿
「絶命」卯ちり
「頑なな理由」天堂 朱雀
「赤ちゃんの部屋の先客。」音隣宗二

★二次選考通過作品
「テレビの中」猫神ポチ子
「見舞いの品」雨水秀水
「減菌室の棚」緒方あきら
「死ね」ツヨシ
「それでも献血には行こう」大坂秋知
「財布のアザ」はち
「視界の端」雨森れに
「位牌と狸」影絵草子
「待合室」アスカ
「空き部屋」山本れえこ
「昏い処置室」ミケとーちゃん
「壁のマリアさま」影絵草子
「D病院」乱夢
「天井のあれ」影絵草子
「ロシアンごみ箱」松本エムザ
「消毒液」二代目朧豆腐
「おちゅうしゃきらい」大坂秋知
「傍観」菊池菊千代
「思い出の健康診断」青葉入鹿
「絶命 卯ちり」
「頑なな理由」天堂朱雀
「赤ちゃんの部屋の先客。」音隣宗二

現在募集中のコンテスト

【第34回・募集概要】
お題:呪い・呪術に纏わる怖い話

原稿 1,000字以内の、未発表の実話怪談。
締切 2021年04月20日24時
結果発表 2021年04月30日
☆最恐賞 1名
Amazonギフト3000円を贈呈。
※後日、文庫化のチャンスあり。
佳作 3名
翌月発売の怪談文庫の中からお好きな3冊をセットで贈呈。
応募方法 下記「応募フォーム」またはメールにて受け付けます。
フォーム内の項目「メールアドレス」「ペンネーム」「本名」「作品タイトル」 を記入の上、「作品本文(1,000字以内)」にて原稿ご応募ください。 応募フォーム
メールの場合は、件名に【怪談最恐戦マンスリーコンテスト4月応募作品】と入力。 本文に、「タイトル」「ペンネーム」「本名」「メールアドレス」を記入の上、原稿を直接貼り付けてご応募ください。 kowabana@takeshobo.co.jp