マンスリーコンテスト 2024年9月結果発表

怪談マンスリーコンテスト

ー 怪談最恐戦投稿部門 ー

2024年9月結果発表

最恐賞
「放送室」沫
佳作
「教えるなかれ」高倉樹
「ヤナ」おがぴー
「名刺」岡田眞弥

放送室」沫

 K子さんが中学生だった頃の話だ。なかなかに過疎った町の中学校だったので、全学年合わせて生徒数は百二十人程度だったらしい。
 いつも通りに給食の時間となり、当番の放送委員の生徒達がリクエストのあった流行歌を流し始める。途中、食事前の手洗いを勧める放送が入るのだが、その日の放送は少々違った。
 いつもは決まり切った文章を読み上げるだけのものなのだが、何故か教室のスピーカーから流れて来るのは不平不満を訴える女生徒の声。××の○○子はどうしただの、××の先生は○○だのと、悪口がダダ漏れて来ているのだ。
 皆は咄嗟に、放送されているのを知らずに放送委員が悪口を言い続けているのだろうと嬉々として耳を傾けたのだが、どうにもそこに出て来る生徒や先生の名前にはまるで心当たりが無い。どころかその背後で、生徒達数人が慌ててそのマイクを切ろうと必死になっている様子の声までもが聞こえて来るのだ。
 何があったのかは知らない。だが次の瞬間、隣の教室の先生がK子さん達の教室へと飛び込んで来て担任に声を掛ける。すると教室の担任の先生は、「やっぱりですか?」と立ち上がり、その先生と一緒に駆け出して行ってしまった。
 少しして、スピーカーからはただならぬ状況の声や音が混じる。女生徒達の悲鳴や、泣き叫ぶ声。そしてK子さんの教室の担任の怒鳴り声。尚止まぬ謎の声の悪口。そしてノイズと、破壊音。やがて放送は止まった。
 続けて救急車が数台、けたたましいサイレンと共に校庭へと侵入して来る。どうやら運ばれたのは当番の放送委員の数名と、K子さんの教室の担任だったらしい。学校は数日間、休校となったのだが、理由と内容はまるで知らされなかった。
 その後、放送室は使用禁止となった。運ばれた生徒や担任も、翌週から復帰はしたが、その時何があったのかは全く教えてもらえなかった。
 ただ一つ、あの瞬間、教室に飛び込んで来た先生が言った一言、「“アズミ”が出ました」という言葉が、何度も思い返される。
 確かに当時の生徒の中には“アズミ”と読める名前の女子生徒は何人かいたが、その生徒達はまるでそれには関係していなかったように思える。
 怪異と呼んで良いものかどうか少々悩むような話である。

総評コメント

9月のお題は「名前」。人の名前、物の名前、現象の名前などいくつか想定しておりましたが、蓋を開けてみるとやはり人の名前に纏わる話が9割以上という結果でした。
中でも、本来の自分とは違う名前で呼ばれる話(何者かに乗っ取られてしまう話)、名前を呼ばれても答えて(応えて)はいけない禁忌破りの話が非常に多く、そうした怪談は総じてクラシックな怖さがあり、レベルの高い作品も多かったと思います。逆に言うと、その中できらりとしたものを残せるかはなかなかに難しかったと思われます。
最恐賞はかなり異色の作品で「放送室」沫。精神的に問題を抱える闖入者があった「事件」という解釈ももちろん成り立ちますが、音でしか伝わってこない混乱の中に異様な緊張感と戦慄があり、関係者が全く黙して語らぬところに、単なる「事件」ではない不穏さ、説明のつかない怪奇現象である可能性が濃厚に漂うのが面白いところです。過疎の町ゆえ、生きている人物であれば地域ですでに噂になっているだろうことも想像に難くないのですが、そうでもなさそう。その一方、学校で先生たちには代々申し送りがされていたと思われる「アズミ」という存在の謎が不気味さとともに残ります。怪異と呼んでも良いか悩むというしめ方で終わる作品ですが、これもまた現代怪談のひとつと数えてよいのではないでしょうか。過疎ってる、ダダ洩れてると言った現代的な表現も作品にマッチしていたと思います。
佳作1作目「教えるなかれ」高倉樹は、本来の名前とは違う名前で呼ばれる系の話ですが、その名前に固執する祖父にそこはかとない忌まわしさを感じるのが何とも厭な話。また「今回のタケヒコ君」という言葉に、代々そのお役目を継ぐ者がいたという匂わせがある点も怪談として非常に興味深いところ。謎は謎のままですが、印象深い作品でありました。
2作目「ヤナ」おがぴーは、怖いよりも不思議で優しい読後感を残す作品。ディテールが細かく、不思議な話ではありますがすんなりと納得するものがありました。泣ける怪談、温かい怪談というジャンルもありますが、霊や魂が怖いだけでないことを感じさせてくれる作品もたまには読みたくなるものです。
3作目は「名刺」岡田眞弥。ですます調で書かれている作品で、初心者にはあまり推奨しておりませんが、内容が非常に興味深く粗削りながら強い印象を残しましたので佳作に選出しました。死んだ身内の寝ていた床下に、名前を書いた紙を千切って作った巣のようなものがあり、周りに動物とおぼしき足跡が遺されていたというなにやら呪術めいた、憑き物を使った呪いのような雰囲気を感じる話で興味深い事例です。ただ、最初から巣と言い切ってしまうのは主観が入りすぎているようにも思いました。
これはすべての作品に言えることですが、取材者(書き手)が「これはきっとこういうことなのだろう」という思い込みで原因や結論を誘導してしまう書き方をしてしまうと、客観性が失われ、実話としての信憑性、鮮度も落ちてしまう傾向があると思います。体験者(話し手)がすでに思い込みで語る場合が多いと思うのですが、そこを冷静に事象だけを切り分けて、読者に材料を提示していくことも大切です。そこから推理推測するのも読者の楽しみですから、それを奪ってしまわぬよういま一度、自分の考えが出すぎていないか確認して筆を置いていただくことをお勧めします。
さて、現在は10月末まで運動会体育祭に纏わる怖い話を引き続き募集中。最近は夏前に運動会を済ませる地域も多くなっていますが、怪談はノスタルジーですから秋の運動会を推したいと思います。それではご応募引き続きよろしくお願いいたします。

●最終選考対象
「列車にて」あんのくるみ
「ともだち」吉田六
「ミチガミトシヤ」ホームタウン
「教えるなかれ」高倉樹
「ヤナ」おがぴー
「いつから」御家時
「アキオ君」月の砂漠
「名刺」岡田眞弥
「放送室」沫

●二次選考通過
「列車にて」あんのくるみ
「ともだち」吉田六
「ミチガミトシヤ」ホームタウン
「教えるなかれ」高倉樹
「ヤナ」おがぴー
「いつから」御家時
「アキオ君」月の砂漠
「名刺」岡田眞弥
「呪い絵馬」沫
「先回りする名前」黒川錠
「死神を名乗る者」月詠もる
「純粋無垢な行い」千稀
「放送室」沫
「深夜に兄と出会った話」沫
「姫ちゃん」墓場少年
「ワラビナーがある理由」千稀
「一条戻橋」筆者
「カタリナ」沫
「平次さん」御家時
「安次郎さん」Gacy
「天神おろし」唎酒師のカズ
「へーがさー」でんこうさん

●一次選考通過
「列車にて」あんのくるみ
「ともだち」吉田六
「ミチガミトシヤ」ホームタウン
「教えるなかれ」高倉樹
「置いてきぼり」小祝うづく
「ヤナ」おがぴー
「ぜんもんのみち」四条一
「「平尾」といえば」おかのけんと
「マブイグミというもの」千稀
「いつから」御家時
「呪われた源氏名」鬼志 仁
「アキオ君」月の砂漠
「名刺」岡田眞弥
「呪い絵馬」沫
「先回りする名前」黒川錠
「死神を名乗る者」月詠もる
「純粋無垢な行い」千稀
「起名網」杜 志成
「放送室」沫
「深夜に兄と出会った話」沫
「赤い印」佐藤健
「奪われたもの」乃木ひかり
「モンペ」でんこうさん
「姫ちゃん」墓場少年
「ワラビナーがある理由」千稀
「一条戻橋」筆者
「カタリナ」沫
「M子さん」御前田次郎
「平次さん」御家時
「お名前はなんていうの?」Gacy
「安次郎さん」Gacy
「天神おろし」唎酒師のカズ
「へーがさー」でんこうさん
「探しています」でんこうさん

現在募集中のコンテスト

【第76回・募集概要】
お題:運動会・体育祭に纏わる怖い話

締切 2024年10月31日24時
結果発表 2024年11月15日
最恐賞 1名
Amazonギフト3000円&文庫収録のチャンス
優秀賞 3名
竹書房怪談文庫新刊3冊セット
応募方法 下記「応募フォーム」にて受け付けます。
フォーム内の項目「件名(作品タイトル)」「投稿内容(本文1,000字以内)」「メールアドレス」「本名」「ペンネーム」をご記入の上ご応募ください。※創作不可。作品中の地の文における一人称は投稿者ご本人と一致させてください。 応募フォーム

お問い合わせ kowabana@takeshobo.co.jp