マンスリーコンテスト 2024年10月結果発表

怪談マンスリーコンテスト

ー 怪談最恐戦投稿部門 ー

2024年10月結果発表

最恐賞
「おもいで」吉田六
佳作
「ぶっつけ本番」千稀
「体育倉庫の怪」鬼志 仁
「尋ね人」筆者

「おもいで」」吉田六

 Nさんがお嬢さんのはじめての運動会へ行った時のことだという。
 一生に一度の成長を記録しようと意気込んで、最新のビデオカメラを購入したはいいが、Nさんは大勢の生徒たちに紛れるお嬢さんの姿をなかなか見つけることができずにいた。カメラのズーム機能を使って整列する児童たちの顔を順に確認していき、ようやくNさんはお嬢さんを発見できたという。
 お嬢さんの、ふだんは見せないような必死な表情を撮影していると、むこうもこちらに気がついたのか、とたんに表情を緩ませて、ちいさく手を振ってきたという。その姿にNさんは、わが子ながらなんて愛おしいのだと、思わず涙を滲ませたという。

 そのあともNさんは必死にお嬢さんの姿をカメラで追い続けた。
 綱引き、応援合戦、組体操……。種目が変わるたびに児童たちのなかに隠れるので、その度にお嬢さんを見失ってはまたカメラで探しての繰り返しだった。
 ときにはお嬢さんのほうが先にNさんのことを見つけていたこともあったようで、カメラで捉えたときにはすでに満面の笑みでこちらを見つめているときすらあったという。

 そんなNさんが違和感を覚えたのは徒競走のときだった。
 お嬢さんの懸命な走りをカメラに収め満足していると、よく知った姿がスタートラインに並んでいるのが、目に留まったという。
 お嬢さんだった。
 ついさきほど走り終えたはずのお嬢さんが、再びスタートラインに立っていた。
 Nさんが事態を吞み込めずにいるまま、念のためにカメラをむけると、楽しそうに笑うお嬢さんがこちらに大きく手を振っていたという。あきらかにおかしいとは思いつつ、どこからどうみても自身の娘であるその姿からNさんは目を離すことができず、そのまま二度目の疾走を見守るしかなかった。

 その違和感が嫌な確信に変わったのは帰宅後のことだった。
 Nさんが撮影したデータを確認すると、その半分ほどが真っ暗な画面にノイズ音が流れるだけのものだったという。ところどころで再生できた箇所はあるものの、そのどこにも、あの満面の笑みを浮かべたお嬢さんは映っていなかった。
 よくないものを撮ってしまったという予感だけを残しつつ、Nさんはその真っ暗なデータを削除したという。
 ただNさんには、残ったデータと消したデータのどちらがほんとうのお嬢さんの姿なのか未だにわからないのだそうだ。

総評コメント

 今月のテーマは運動会、体育祭。王道の学校行事から、町内会やこども会の地域運動会、介護施設や老人ホームのレクリエーション、社会人の社内運動会まで様々なシチュエーションでのエピソードが集まりました。
 競技としてぶっちぎりの1位は「借り物競争」。2位はリレー、または徒競走、3位は玉入れ。1位が借り物競争系統であることは予想通りで、ドラマチックな展開を作りやすい競技であることから、創作を疑わざるを得ない(明らかな矛盾がある)作品もちらほらございましたが、私自身、借り物競争では不思議な想い出があるため、エピソードが集中したことはさもありなんという想いであります。
 2位の走る系統では、何モノかに追いかけられて死に物狂いで走った話と、転ばされる話に類話が多く、3位の玉入れは籠やお手玉といった道具に怪現象が起きるパターンが重なりました。
 競技の傾向としては以上ですが、作品の雰囲気、読後感の傾向から見ると「切なさ」が「恐怖」を上回る勢いで濃く、多くの方が運動会・体育祭にノスタルジーを感じていること、そこに競技する本人だけではない家族のドラマがあったことが伺えます。母が作るお弁当、おにぎり、卵焼きといった要素から、亡き家族が見に来てくれたなど、しんみりとした情感溢れる体験談を読んでいると、やはり昨今の春~初夏開催より秋の運動会を支持したいと思う次第です。
 そんな中で、最恐賞は「おもいで」吉田六。起承転結のはっきりした作品が多い中で、淡々とビデオを回す親と被写体の子の様子から違和感の現れ、そこはかとない忌まわしさを残す結びがリアリティを感じさせ良かったと思います。
 佳作1作目「ぶっつけ本番」千稀は、タイトルから予想できなかった内容で、白昼夢のような不思議な体験に不気味な説得力があり印象的な作品でした。
 2作目「体育倉庫の怪」鬼志仁は、体育祭や運動会が苦手な子の人為的な仕業かと思いきや、思わぬ怪異事件が判明する面白い作品。
 3作目「尋ね人」筆者は、お題のど真ん中をついたものではありませんが、運動会のポスターに纏わる奇妙な話で新鮮味があり、細部に拘りを感じました。
 今月は応募数やや少なめでしたが、新しい応募者の方も多く面白い話もたくさんありました。まだ実話怪談の書き方に慣れていないため、文章表現の部分でもう一声となり選考通過できなかった作品が多いのですが、エピソード(ネタ)としては興味深いものが多く、今後に大いに期待しております。
 失敗の原因は、シチュエーションや登場人物の説明に字数をかけすぎてしまい、冒頭が冗長になってしまっているパターンが多いです。最後のほうは字数が足らなくなり展開が駆け足になってしまったり、説明不足のまま無理やりおさめたりといった印象の作品が散見され、非常に勿体ないと感じます。最初は字数を気にせず最後まで書いてみて、どこを削っていくかじっくり推敲することをお勧めしたいと思います。
 ちなみに冒頭で書きました借り物競争の想い出を紹介しますと、陰キャで内気な性格だった私はできるだけ応援に来ている両親のところで調達できるものをと願っていたのですが、引いたお題は「メガネ」。残念ながら両親ともに視力は良好、これはもう知らない人に声を掛けるしかないと覚悟して保護者席の方へ駆けて行ったところ、最前列を陣取っていた父のシャツの胸ポケットになぜか黒ぶちメガネが掛かっていたのです。半ば毟る勢いで父からメガネを借りゴールしたのですが、返しに行ったところ父と母はしきりと何か言い合っていて、私のゴールも見ていたか怪しい始末。メガネを返すと、父は恐る恐るといった様子で受け取り「やっぱりお義父さんのだ」と呟きました。どうやら仏壇に置いてある私の祖父の形見のメガネが、なぜか父の胸ポケットに入っていたということのようです。当然父は持ってきた覚えもなく、母がこっそり入れたということもなく、実の娘である母が「おじいちゃんも孫の運動会が見たかったんだねえ」と、いい感じの話に纏めてこの件は終わりましたが、父は内心、自身の記憶障害や認知症を疑っていたようです。しばらくの間、神経質に行動確認を行い、極端に胸ポケットのある服を避けるようになったのを今でも覚えています。以上、「陰キャ」から「覚えています。」まで500字ジャストですので、メガネを借りる時に「それっ、そのメガネ貸して!」などセリフで躍動感をつけたり、メガネを返された時の父の慄き、恐れの表情をつぶさに描いたりなど肉付けに十分な字数が残っているかと思います。だいたいのあらすじを書いてから、どこに字数を増やすとより読み物としてドラマチックになるか、怖さを付与できるか考えることができるかと思います。引き算から作るもよし、足し算から作るもよし、色々なスタイルを試しつつ、頭でっかちにならないよう全体の構成を吟味するとより完成度が高まりますので、ぜひチャレンジしてみてください。
 今月は、通常の怪談マンスリーコンテスト11月「忘れ物」の回のほかに、12月10日新宿ミコノスで開催される黒木あるじ先生のイベントのミニコーナーとして、500字の怪談を募集をしております。どちらもふるって応募くださいませ!皆様のご投稿楽しみにお待ちしております。

●最終選考対象
「カリモノ」高倉樹
「中州にて」佐々木ざぼ
「体育倉庫の怪」鬼志 仁
「石拾い」ぶしこ
「ぶっつけ本番」千稀
「尋ね人」筆者
「おもいで」吉田六
「コエヲダセ」碧絃
「ジャジャーン」花園メアリー

●二次選考通過
「カリモノ」高倉樹
「中州にて」佐々木ざぼ
「弁当の味」夕暮怪雨
「マラソンマン」大谷雪菜
「遺影席」藤野夏楓
「体育倉庫の怪」鬼志 仁
「石拾い」ぶしこ
「昼花火」御家時
「ぶっつけ本番」千稀
「夜の運動会」乃木ひかり
「台風の朝」沫
「尋ね人」筆者
「あるはずのない顔」雨車依茉
「おもいで」吉田六
「袋の神様」犬飼亀戸
「コエヲダセ」碧絃
「ジャジャーン」花園メアリー

●一次選考通過
「青い蜜柑」薊 桜蓮
「カリモノ」高倉樹
「中州にて」佐々木ざぼ
「祖母の忠告」おがぴー
「借り人競争」高崎 十八番
「弁当の味」夕暮怪雨
「マラソンマン」大谷雪菜
「クシコスの郵便馬車」大和かたる
「遺影席」藤野夏楓
「体育倉庫の怪」鬼志 仁
「石拾い」ぶしこ
「雷」月の砂漠
「昼花火」御家時
「ぶっつけ本番」千稀
「夜の運動会」乃木ひかり
「台風の朝」沫
「尋ね人」筆者
「あるはずのない顔」雨車依茉
「おもいで」吉田六
「袋の神様」犬飼亀戸
「コエヲダセ」碧絃
「保護者の写真」のっぺらぼう
「お蔵入りの集合写真」雨水秀水
「マイガミサン」碧絃
「ジャジャーン」花園メアリー
「指さし爺さん」唎酒師のカズ

現在募集中のコンテスト

【第77回・募集概要】
お題:忘れ物に纏わる怖い話

締切 2024年11月30日24時
結果発表 2024年12月16日
最恐賞 1名
Amazonギフト3000円&文庫収録のチャンス
優秀賞 3名
竹書房怪談文庫新刊3冊セット
応募方法 下記「応募フォーム」にて受け付けます。
フォーム内の項目「件名(作品タイトル)」「投稿内容(本文1,000字以内)」「メールアドレス」「本名」「ペンネーム」をご記入の上ご応募ください。※創作不可。作品中の地の文における一人称は投稿者ご本人と一致させてください。 応募フォーム

お問い合わせ kowabana@takeshobo.co.jp