竹書房怪談文庫TOPマンスリーコンテスト2020年7月結果発表
マンスリーコンテスト 2020年7月結果発表
怪談マンスリーコンテスト
ー 怪談最恐戦投稿部門 ー
2020年7月結果発表
- 最恐賞
- 「湖にある、海」卯ちり
- 佳作
- 「姿なき母親」徳川ボマイェ康
「手招きするもの」水曜
「夏の森の防空壕の水」クナリ
「湖にある、海」卯ちり
准くんは小学生の頃、夏休みに家族で山中にある観光地の湖を訪れた。
その日は快晴で日差しが強く、外にいるだけで汗ばむ陽気だった。家族と遊歩道を歩きながら、手持ちの水筒に入っていたお茶を准くんはがぶがぶ飲んでいた。
しかし、お茶の飲みすぎですぐさま尿意をもよおしたので、トイレに行ってくる、と横に居る父親に告げ、准くんは屋外トイレを探して駆け出した。
あいにくトイレは見つからず、遊歩道わきの林で用を足した。
家族の元へ戻ろうとした時、その林の奥に、日差しを反射した水面が、キラキラと眩しくきらめいているを見つけた。観光地の地図には載っていないような、小さな湖でもあるのだろうか。
その場所に行って見ると、目の前には白い砂、泡だつ波と、薄青い水。風には塩辛い匂いが混じっている。
(なんでここに、海があるんだろう……?)
ここは山の中だというのに、突如開けた視界に映るのは、真夏の入道雲と青空と、凪いだ水平線であった。数メートル先の海面には、赤いTシャツを着た男性が一人、バシャバシャと水飛沫を上げて泳いでいる。
(あの人、気持ち良さそうだなあ。僕も泳ごうかな)
准くんは泳ぎたい誘惑にかられ、自分の服を脱ごうとする。すると、泳いでいた男性は大きく水飛沫を上げた後、海中へと姿を消した。
水音が消え、あたりは一瞬のうちに静かになる。
准くんは我に返り、まずは家族の元に戻らなきゃ、と思ったそうだ。
踵を返し、林を抜けて、親のいた遊歩道に戻る。家族に海があったことを嬉々として伝え、再び林の奥を訪れたが、先ほど見たはずの海を見つけることはできなかった。
「これは20年以上昔の事だけど、今になって思い出したんです」
准くんは言う。
「あの時見た海で泳いでいた人、ひょっとしたら弟かもしれなくて」
昨年の夏、准くんは弟さんを亡くしていた。
弟さんは海で溺死したそうだが、海水浴中の事故なのか、あるいは自殺だったのか、わからないそうだ。
「溺れてた弟は水着じゃなくて、赤いTシャツとジーンズの服装で見つかったんですよ」
赤いTシャツを見た時に、准くんは海で見た男性のことを思い出したのだそうだ。
「あれは弟の未来だったかもしれない。楽しそうに泳いでいたの、弟の、溺れていた姿なんじゃないかなって」
総評コメント
7月のお題は「夏」に纏わる怖い話。旬の食べ物、行事、生き物など、夏の風物詩がふんだんに盛り込まれた怪談がたくさん集まりました。中には、それは暑い夏の日のことだった――。で始まり、あとは夏の話かどうかわからない作品も多々ありましたが、怪異そのものは興味深いものが多く、楽しませていただきました。おそらく3割以上の作品でヒグラシが鳴いていたと思います。朝夕以外には鳴かないので要注意です。
さて、最恐賞は「湖にある、海」卯ちり。海と白い砂浜、赤いTシャツと夏の景色が目に浮かぶような描写と、20年後の意外な結末。日常からふと異界に迷い込む危うさをリアリティをもって表現されていた点を評価いたしました。
佳作には「姿なき母親」徳川ボマイェ康。沖縄の民泊での奇異な想い出を綴った作品で、姿の見えぬ母親が本当にいるのか、いるという狂言なのかあえて答えはだされていないのですが、その処理の仕方が怪談としてよかったと思います。
「手招きするもの」水曜は、286文字と全応募作の中でもかなり短い作品。西瓜割りで目隠しされたところに聞こえてくる、こっちこっちという導きの声。簡潔に情景と恐怖を描いていて強い印象を残しました。
「夏の森の防空壕の水」クナリは、タイトルですべてを物語っていますが、放置された防空壕に残されていた什器に水が注がれているという違和感から、見えない人々の気配が濃密になっていく過程に緊迫感があり、体験者の恐怖をうまく伝えていたと思います。
今月から二次選考、最終選考の通過作品も合わせて発表いたします。
最近はコンテストを始めた頃に比べ、応募作のレベルが格段に上がり、選考が大変難しくなってきております。嬉しいことです。
来月は、「会社・職場に纏わる怖い話」色々な仕事、様々な職業、職場があると思います。最近では在宅ワーク、自宅が職場という方も多いのではないでしょうか? 生きるためには欠かせない仕事。その仕事で怖いことが起きてしまったら……。皆様の体験、見聞きした実話、お待ちしております。
★最終選考通過作品
「湖にある、海」卯ちり
「姿なき母親」徳川ボマイェ康
「真夜中のプール遊び」真崎 駿
「聞く耳持たぬ」斉木 京
「ザリガニ釣り」ふうらい牡丹
「墓場で遊んではいけません。」松本エムザ
「夏の裏庭」ミケとーちゃん
「代車の三日間」ミケとーちゃん
「手招きするもの」水曜
「夏の森の防空壕の水」クナリ
「迷い盆」影絵草子
★二次選考通過作品
「湖にある、海」卯ちり
「葉桜の下に」アキノヒキ
「ペラペラ人間」yujisourin666
「姿なき母親」徳川ボマイェ康
「真夜中のプール遊び」真崎 駿
「夏の残業」真崎 駿
「聞く耳持たぬ」斉木 京
「朝」那波里 ねこ
「ザリガニ釣り」ふうらい牡丹
「大きな金魚」 田村麻呂
「墓場で遊んではいけません。」松本エムザ
「寺院墓地」ツヨシ
「夏の裏庭」ミケとーちゃん
「長く低く、それでいてよく通る声」丸太町 小川
「炎と初恋」霧雨鏡月
「平氏の一矢」痴山 臣蔵
「研究、工作」大坂秋知
「夏山と線香」ミケとーちゃん
「代車の三日間」ミケとーちゃん
「汚い手」因幡雄介
「手招きするもの」水曜
「母のぬけがら」影絵草子
「夏の森の防空壕の水」クナリ
「あの音」大坂秋知
「迷い盆」影絵草子
※順不同。応募日時の新しいものから記載。
現在募集中のコンテスト
【第77回・募集概要】
お題:忘れ物に纏わる怖い話
締切 | 2024年11月30日24時 | |
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結果発表 | 2024年12月16日 | |
最恐賞 | 1名 Amazonギフト3000円&文庫収録のチャンス |
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優秀賞 | 3名 竹書房怪談文庫新刊3冊セット |
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応募方法 | 下記「応募フォーム」にて受け付けます。 フォーム内の項目「件名(作品タイトル)」「投稿内容(本文1,000字以内)」「メールアドレス」「本名」「ペンネーム」をご記入の上ご応募ください。※創作不可。作品中の地の文における一人称は投稿者ご本人と一致させてください。 応募フォーム | お問い合わせ kowabana@takeshobo.co.jp |