竹書房怪談文庫TOPマンスリーコンテスト2023年1月結果発表
マンスリーコンテスト 2023年1月結果発表
怪談マンスリーコンテスト
ー 怪談最恐戦投稿部門 ー
2023年1月結果発表
- 最恐賞
- 「娘の球根」緒音 百
- 佳作
- 「立っている人」天神山
「花ことば」宿屋ヒルベルト
「蜜吸い」月の砂漠
最恐賞「娘の球根」緒音 百
狭山さんの娘、香織ちゃんはズボラな女の子だった。ランドセルの底には潰れたプリントが溜まっており、ひどいときにはカビパンが発見される。
だらしない性格は高校生になると幾分ましになったそうだが、そんな香織ちゃんが小学生の頃の話。
その年、理科の教材に〈ヒヤシンスの水栽培セット〉という物があった。
狭山さんが二者面談で学校を訪れた際、教室に並べられた透明の容器は瑞々しくきらきらと光って見えた。
しかし大半の球根が発芽している中、香織ちゃんの球根は固く閉じたまま。
「水が濁っていたので、こっそりと替えたのを覚えています」
母のフォローも虚しく、香織ちゃんの花が咲くことはなかった。
ある日ヒヤシンスを容器ごと持ち帰った香織ちゃんは、帰宅するなりこう言った。
「お母さん。これ切ってえ」
反抗期に突入した娘にしては珍しい、甘えた声。発芽しなかった原因を自分の目で確かめたいのだろうと、すぐさま賛成した。
まな板に球根を置き、果物ナイフの刃を当てる。
切れ味が悪いせいで上手く切断できず、表皮がぼろぼろと剥げ、汁が滲み、それでも何とか娘の知的好奇心に応えてやろうと、母の意地で懸命に刃を動かした。
「お母さん、頑張って」
額からぽたぽたと汗が落ち、手の平がぬめってナイフの柄が何度も滑った。球根から生えた根は黒く変色しており、まるで小さな頭部のようだ。
「頑張れ、お母さん、頑張れえ!」
無邪気な声援に娘の幼い頃を思い出し、絶対に諦めないぞと力が湧いた。
ようやく切り終えると玉葱に似た断面が現れ、達成感とともに「切れたよ!」と振り返る。
そこに香織ちゃんの姿はなかった。
……あれ? と思っている内に玄関の開く音がし、またしても香織ちゃんが帰宅した。
「香織、さっき一度帰って来たよね?」
「はぁ?」
真っ二つに割れた球根を見せても「ヒヤシンスはまだ学校に置いている」と言う。噛み合わない母娘の会話に、香織ちゃんは苛立って子供部屋に行ってしまった。
球根はビニール袋に入れて保管したものの、次の日には異臭を放ったので生ゴミと一緒に捨てた。
今でも玉葱を切るたびに、この日のことを思い出すという。本物の娘ではなかったのかもしれないが、疲れたときや落ち込んだときには「お母さん、頑張れ」の言葉を反芻して励まされるのだと、狭山さんは言った。
当の香織ちゃんは現在二十代後半。一度大喧嘩をしたきり、今も音信不通だそうだ。
総評コメント
2023年最初のお題は花。花の種から苗、咲いた花、枯れた花、ドライフラワーに造花、絵に描かれた花まで、「花」をテーマに数多くの作品が集まりました。最恐賞はヒヤシンスの球根に纏わる話「娘の球根」緒音百。奇怪で謎めいた怪現象ですが、色々な意味で人間味の溢れる内容が心に残りました。佳作1作目は「立っている人」天神山。得体の知れなさと日常の同居をうまく描けていたと思います。2作目は「花ことば」宿屋ヒルベルト。件(くだん)の花版のような不思議な話でそそられます。3作目は「蜜吸い」月の砂漠。奇怪で不気味、因果の解明はありませんが、そこがまた怪談らしい恐怖を生んでいます。
作品点数の多かった順は、1位が菊、2位が桜、3位がユリと彼岸花、4位も同点で梅とバラという順になりました。やはり、菊やユリなどお供えに使われる花は怪異に絡むことが多く、花の精や神が宿ると言われる桜にも不思議な現象がみられるようです。彼岸花は言わずもがな、死体との因縁が深く禍々しい話が寄せられました。
花の種類は違えど、シチュエーションがかぶる例もありました。花が人を導きご遺体を発見させる話、花の蜜を吸うことでおかしくなってしまう話、怪異の起きた後または前兆として花の色が例年と変わる話、事故現場のお供えの花に粗相をして祟られる話、これらは3話以上の類話がありました。ただ、よくある話であってもそれぞれに味わいがあり、書き方によって新鮮味のある怪談になることは入選や最終選考の作品をみても明らかです。採話された時、体験者の方から話を聞いた時の驚き、おののきを大切に、マンネリを恐れず書いていただきたいと思います。
さて、今回は「花」という情緒的なお題のせいか、いつもよりポエティックなエッセイのような書き味の作品が目立ちました。実話怪談は基本ノンフィクションであり、自身の体験以外は、誰かに取材して記録するルポルタージュです。それゆえに、怪に対して常に客観的で冷静な視点が求められます。抒情的な表現に流されすぎると、どこか自分に酔ったような雰囲気となり、リアリティが薄れていきます。当然、読者もしらけてしまいます。話を聞いた時の衝撃を「驚いた」「耳を疑った」などとするのはいいですが、「なんと!」「だったのである!」などことさらリアクションを大きくするのも、恐怖を伝えるには逆効果になる場合があります。「!」という驚きは読者に感じてもらうことですので、書き手は冷静に事実を淡々と伝えたほうが怖さが出るように思います。
悲鳴や擬音・オノマトペも、ありふれた表現を安易に使うと恐怖感が薄れる場合がありますので、多用には注意です。「ザーッ」「キャー」「ウォー」「バンッ」「ぷぅん」「ブーン」など要所で使う分にはいいですが、何度も使うと陳腐に感じられます。「ぬちゃ、にちゃ」的な音で独創的な表現を出せると、光ります。
また、聞き書きという性質上、多用されがちなのが「だそうだ(です)」「という」という語尾です。ほかにも「らしい」「と聞く」などありますが、なかでも「そうだ(です)」「という」の連発が目立ちます。最低でも続けて二回使うのは控えたいところ。1,000字の作品の中で10回も出てくるのは使いすぎです。最初に、~さんから聞いた話であるという提示があれば、それはもう聞き書きであることは伝わっているので、毎回毎回「だそうだ」と断らずとも「だった」で十分な箇所が必ずあるはずです。書いた文を実際に音読(黙読)してみて、文のリズムから見極めていくことをお勧めします。
助詞「の」の連続も注意が必要です。「小学校の三年生の夏休みの最後の日の夕ご飯の後の出来事です」のように、たくさんの情報を「の」で繋げて一文に入れ込んでしまうと非常に読みづらく、また頭に入って来にくくなります。少し整理して、「小学三年生」「夏休み最後の日」のように「の」を抜いても意味が通じるところを省いたり、「夏休み最後の日、夕ご飯を食べた後に」と「の」の代わりに読点「、」を使ったり、あるいは、「あれは小学校三年生の夏休み、最終日のことだ。夕ご飯を食べたあと事件は起こった」のように二文にわけたりなど色々と方法が考えられると思います。もっとも、1,000字以内に収めるためにそうなってしまったという場合もこのコンテストでは多いと思いますので、どこを削るか細かい調整と駆け引きの末であれば、仕方がない場合もあるでしょう。
あといちばん残念に思ったのは出オチです。「これは僕が花に救われた非常に珍しい体験です」(たとえとして作った文です)のように、話の結末を最初に明かしてしまうのはとても勿体ないです。そこは最後まで読んで驚きたいので、大事にとっておいてもらいたいところ。また「非常に珍しい体験」かどうかは読者の判断するところでありますので、ここはあえて言わないほうがいいでしょう。「今も忘れられない体験」などであればそれは事実なので、問題ありませんが。以上、参考になれば幸いです。
次回2月のお題は「雪・雪国」の怖い話。冷え冷えとしつつも味わい深いお話をお待ちしております。
●最終選考対象作
「四季の花のひと」緒音 百
「娘の球根」緒音 百
「立っている人」天神山
「持ち込み禁止」夕暮怪雨
「花ことば」宿屋ヒルベルト
「蜜吸い」月の砂漠
「梅林」おまつ
「開花」雨森れに
●二次選考通過
「おうばいの声」おがぴー
「四季の花のひと」緒音 百
「娘の球根」緒音 百
「お怒り」高倉樹
「立っている人」天神山
「持ち込み禁止」夕暮怪雨
「使い回しの花」鬼志仁
「花ことば」宿屋ヒルベルト
「別れの花」幾多敬祐
「蜜吸い」月の砂漠
「梅林」おまつ
「開花」雨森れに
「小夜ちゃんの桜」まがむし
●一次選考通過
「花占い」あんのくるみ
「桜の花びら」キアヌ・リョージ
「空き家に咲く花」青葉入鹿
「おうばいの声」おがぴー
「四季の花のひと」緒音 百
「娘の球根」緒音 百
「お怒り」高倉樹
「咲かないサクラ」カメリア
「立っている人」天神山
「持ち込み禁止」夕暮怪雨
「使い回しの花」鬼志仁
「花ことば」宿屋ヒルベルト
「ー花言葉、I love youー」乱夢
「薔薇人形」ホームタウン
「デイゴの花が咲くと」夕暮怪雨
「別れの花」幾多敬祐
「揺れるバラ」月の砂漠
「蜜吸い」月の砂漠
「梅林」おまつ
「突き当りの花瓶」渡戸 章五
「開花」雨森れに
「木瓜の花」安藤みなつき
「共有」おまつ
「供花(きょうか)」影絵草子
「動く花束」ミトハルカ
「菊の臭い」雪鳴月彦
「春霞」筆者
「小夜ちゃんの桜」まがむし
現在募集中のコンテスト
【第77回・募集概要】
お題:忘れ物に纏わる怖い話
締切 | 2024年11月30日24時 | |
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結果発表 | 2024年12月16日 | |
最恐賞 | 1名 Amazonギフト3000円&文庫収録のチャンス |
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優秀賞 | 3名 竹書房怪談文庫新刊3冊セット |
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応募方法 | 下記「応募フォーム」にて受け付けます。 フォーム内の項目「件名(作品タイトル)」「投稿内容(本文1,000字以内)」「メールアドレス」「本名」「ペンネーム」をご記入の上ご応募ください。※創作不可。作品中の地の文における一人称は投稿者ご本人と一致させてください。 応募フォーム | お問い合わせ kowabana@takeshobo.co.jp |