マンスリーコンテスト 2023年3月結果発表

怪談マンスリーコンテスト

ー 怪談最恐戦投稿部門 ー

2023年3月結果発表

最恐賞
「わたしの母さん」多故くらら
佳作
「笛の音色」夕暮怪雨
「いけません」ねこ科たぬき
「お侍さん」野呂瀬 悠霞

最恐賞「わたしの母さん」多故くらら

今は閉店したMデパートに勤めていた、林さんから聞いた話。
40年程前、林さんが最初に配属されたのは、5階の子供用品売り場だった。
ある日、林さんは赤ん坊位の大きさの人形が、階段に座っている事に、ふと気づいた。
三つ編みで小花柄のワンピースを着た、テレビの『大草原の小さな家』の主人公の様なソフトビニル人形だった。
(忘れ物かな?)と近寄った途端、玩具売り場のチーフが(ダメ!ダメ!)とジェスチャーをしながら飛んできた。
すると、向こうから70代位の小柄なお婆さんがやってきて
「母さんの言う事をきかない悪い子は、今度こそ置いて行くからね!」
と言って、人形を抱き上げ、そそくさと去っていった。
呆気にとられている林さんに
「理由は知らないけど、わざと人形をデパートに置き去りにしては、取り戻しに来る、変なお婆さんよ」
とチーフは言った。

その後も何度か、あの老婆を見かけたが、いつも人形を置き去りにしては、涙ながらに叱り、連れ帰る繰り返しだった。

珍しくB1の階段に人形が置き去りにされた日、閉店時間になってもなぜか老婆が迎えに来ない。仕方がなく、人形は同じフロアの遺失物倉庫に移された。

翌朝、B1の食料品売り場で事件が起きる。出勤してきた社員がバックヤードの扉を開けると、大量の鼠が飛び出して来て、あっという間に路上へ逃げ去ったと言う。
すぐに、出入りの害獣駆除業者を呼んだが、もう鼠は見つからない。
ただ、遺失物倉庫を開けると異様な臭いがする。
何事かと調べると、あの人形の首が半分もげ、中から黒い粒があふれ出していた。見ると、体中にビッシリと『正露丸』が詰め込まれている。
業者によると『正露丸』の香りは、鼠などの齧歯類が本能的に恐れる、山火事の匂いに似ていると言う。

かくして、中身を捨てられた人形は、規定の3ヶ月は保管され、ついに廃棄処分となる前日。

突然、あの老婆が笑顔でやって来た。
「もう迎えに来て、と昨晩あの子から電話が来ました。お世話になりました」
と挨拶をする。

誰も老婆の連絡先など知らず、何より、人形が電話など出来るはずもない。
——―しかし、玩具売り場のチーフだけは、震えていた。

「今朝、売り場に行ったら、内線電話の受話器が外れていて、横に正露丸が一粒、落ちていたんです」

嬉しげなお婆さんと帰る、人形の姿を見たのは、その日が最後だったと、林さんは言う。

総評コメント

3月のお題は「人形」。稲川淳二御大の傑作「生き人形」はじめ、怪談の王道ともいえるテーマであります。人形は「にんぎょう」だけでなく「ひとがた」と読むように、人間をかたどった姿であることから、魂が宿りやすいとも言われます。
最恐賞は意味不明で不可解ながらもディテールに生々しさを感じ、後味が印象的な「わたしの母さん」多故くらら。人怖かと思わせて怪異につながっていく展開は面白く、不気味で奇怪な体験談でした。
佳作1作目は「笛の音色」夕暮怪雨。ハーメルンの笛吹を思わせる人形の怪異ですが、意外なオチと、それを最後まで気づかせない巧みな書き方が良かったと思います。2作目は「いけません」ねこ科たぬき。沖縄地方の島の独特な風習に纏わる話で、こちらも意外性のある展開に驚きました。やや説明不足なところもありますが、語りすぎない良さもあったと思います。最後の1作は「お侍さん」野呂瀬 悠霞。五月人形に纏わる話で、人形が動くという怪異はよくあるパターンではありますが、「飾りたくない、不気味」と思いつつもそのまま怪が家族の中に同居しているようなところに妙なリアリティを感じ、そこが良かったと思います。
今回は受賞作以外にも面白い作品が多く、最終選考の作品はいずれも甲乙つけがたい内容でした。表現に秀でていた「油まみれの紙人形」緒音百、抒情性のある「瞳」月の砂漠、ドラマチックなミステリーを感じる「首吊りのマネキン」おがぴーなど、それぞれの持ち味、個性を感じる作品は1テーマで集めた作品群の中にあっても光るものがあったと思います。
人形怪談の傾向として、人間と人形が入れかわってしまうものというのがあります。人形のほうが人間になりたくて、生身の体を乗っ取ってしまうような話です。類話は多いですが、やはり怖く、人形怪談らしいお話かと思います。ただ、やはりそれだけドラマチックで類話が多い話を創作っぽくならずにリアリティをもって書くのは至難の業です。できるだけ主観を排除して「入れ替わったに違いない」という思い込みを外して淡々と書いている作品は比較的成功していると思いました。
また人形が主役であるにもかかわらず、あまりイメージとして人形を伝えられていない作品も意外と多かったと思います。フランス人形、日本人形、藁人形、そうした名称のみで語ろうとしても、話は伝わりますが脳内で浮かぶ映像はぼんやりとしてしまいますし、リアリティの担保としても薄くなってしまいます。あまりしつこい修飾はいりませんが、怪異の主役にはそれなりの描写を尽くすとよいかと思います。
最終選考、二次選考、一次選考通過作品は以下のとおり。

★最終選考対象
「油まみれの紙人形」緒音百
「瞳」月の砂漠
「かりそめの」家宿屋ヒルベルト
「いけません」ねこ科たぬき
「お侍さん」野呂瀬 悠霞
「笛の音色」夕暮怪雨
「忘れ物箱」夕暮怪雨
「首吊りのマネキン」おがぴー
「骨董屋の蝋人形」雨水秀水
「わたしの母さん」多故くらら

★二次選考通過
「油まみれの紙人形」緒音百
「瞳」月の砂漠
「上から二段目」天堂朱雀
「かくれんぼ」まがむし
「かりそめの」家宿屋ヒルベルト
「祖父の家には、何故かずっと戸が開けっ放しの物置がありました」梵天堂ブラフ
「いけません」ねこ科たぬき
「お侍さん」野呂瀬 悠霞
「番(つがい)」浦雲
「笛の音色」夕暮怪雨
「忘れ物箱」夕暮怪雨
「首吊りのマネキン」おがぴー
「骨董屋の蝋人形」雨水秀水
「わたしの母さん」多故くらら

★一次選考通過
「油まみれの紙人形」緒音百
「瞳」月の砂漠
「生人形様」みなつき
「雨みたいな波みたいな」合馬深緑
「上から二段目」天堂朱雀
「かくれんぼ」まがむし
「かりそめの」家宿屋ヒルベルト
「祖父の家には、何故かずっと戸が開けっ放しの物置がありました」梵天堂ブラフ
「いけません」ねこ科たぬき
「スワップ」ホームタウン
「秘める愉しみ」柩葉月
「お侍さん」野呂瀬 悠霞
「ノロイノカミ」池内説文
「発掘ごっこ」墓場少年
「番(つがい)」浦雲雨水秀水
「笛の音色」夕暮怪雨
「忘れ物箱」夕暮怪雨
「ひいじいのあねさま」渡戸章五
「流れ着いた迷子」雨水秀水
「ママ―!!」坂場諾子
「首吊りのマネキン」おがぴー
「呪刑のヒトガタ」おがぴー
「箱入り娘」雨水秀水
「骨董屋の蝋人形」雨水秀水
「旅人形」のっぺらぼう
「人形のお告げ」雪鳴月彦
「わたしの母さん」多故くらら
「芋虫人形」花園メアリー

さて、5月は春の特別企画、瞬殺怪談シリーズスピンオフコンテストを募集継続いたします!今回は、制限文字数を増やし1話2ページ以内の条件となります。
超短編実話怪談を集めた人気シリーズ「瞬殺怪談」に、投稿者の皆様も参加できるチャンス! 各月1名の最恐賞および優秀作(良い作品であれば何作でも選出)は、7月発売の瞬殺怪談新シリーズに掲載決定&献本として1冊進呈いたします。
さらに今回は特別審査員が登場! 同シリーズを牽引してきた平山夢明先生と黒木あるじ先生に作品を見てもらえるチャンスでもあります。おひとり様何作でも応募可。

怪談で殺しにかかれ! まだ読んだことのない切れ味鋭い怪談、そして書き手と巡り会えることを心して待つ!

 

現在募集中のコンテスト

【第77回・募集概要】
お題:忘れ物に纏わる怖い話

締切 2024年11月30日24時
結果発表 2024年12月16日
最恐賞 1名
Amazonギフト3000円&文庫収録のチャンス
優秀賞 3名
竹書房怪談文庫新刊3冊セット
応募方法 下記「応募フォーム」にて受け付けます。
フォーム内の項目「件名(作品タイトル)」「投稿内容(本文1,000字以内)」「メールアドレス」「本名」「ペンネーム」をご記入の上ご応募ください。※創作不可。作品中の地の文における一人称は投稿者ご本人と一致させてください。 応募フォーム

お問い合わせ kowabana@takeshobo.co.jp